東京五輪の終盤、乗馬報道の合間に、「馬はもどせない」と言うコメントがテレビから流れ、ハッとした。馬は胃から食道に物が逆流しないようにするための器官がよく発達しているから、食べたものを吐く事はないのだという。
そのコメントでは、このため「飼い主は常に、餌の量や質に気をつけなければならない」とも語っていた。食べ過ぎてももどせないし、消化が悪いものを食べると胃や腸にガスが溜まり、腹痛を起こしたりするからだ。
他の作業をしながら聞いていたため、どの馬についてのコメントだったかなどは把握できなかった。だが、野生動物は食物が限られている事や、腹に虫がいる動物は虫を殺す成分を持つ草を探して食べる事など、生きていくために必要な能力にも思いを馳せた。
と同時に、古代ローマの貴族は、満腹になると奴隷にのどを刺激させて吐き、胃袋にスペースを作ると再び食べるという習慣があったという話も思い出した。当時は吐く事が健康法の一つだったとか、毒殺を防ぐために嘔吐をする習慣をつけていたとも聞いた。もちろん、貴族や王族の話を一般化する事はできない。だが、食べ過ぎて吐いたりした事がある人はかなりいるだろう。
もどせない馬と、わざともどす人間とを思い描いた時、〝人間の知恵〟とは何なのかといった事にも思いがとんだ。
毒殺を防ぐために吐くというのは意味があるが、もっと食べたいという欲望を満たすために、奴隷を使ってまで吐くという行為は、生きていくために不可欠な知恵とは思えなかったからだ。
〝万物の霊長〟という言葉で自分達を誉めそやし、他の動植物、環境まで破壊してきたしっぺ返しが、気候変動という形で命まで脅かすに至っては何をか言わんやだ。もう少し謙虚になり、自然や動植物と共存する事を考えるべきとも思わされた事だった。 (み)