ホーム | コラム | 樹海 | 《記者コラム》常にある軍事クーデターの危険性=自作自演で議会や最高裁乱入か

《記者コラム》常にある軍事クーデターの危険性=自作自演で議会や最高裁乱入か

「7日デモは最高裁判事への最後通牒」

2003年9月7日、独立記念日の軍事パレード(ブラジリア、Victor Soares/ABr)

 本日7日、99%は何も起きない。だが万が一、何か起きたら、これから説明するような思考回路に基づいて引き起こされた可能性がある。
 ブラジル独立記念日の7日に向けて、ボルソナロ大統領と司法との緊張が極端に高まっている。
 3日、大統領は訪問先のバイーア州タニャッスで演説し、「7日のデモ行動は2最高裁判事への最後通牒となる」と言い放った(https://politica.estadao.com.br/noticias/geral,7-de-setembro-sera-ultimato-para-duas-pessoas-que-precisam-entender-seu-lugar-diz-bolsonaro,70003830494)。
 演説では名指しにしなかったが、誰であるかは皆が知っている。
 大統領やその家族が直接に容疑者となっているデジタル・ミリシア捜査やフェイクニュース捜査を担当するアレシャンドレ・デ・モラエス最高裁判事と、大統領が推す印刷付き電子投票を真っ向から否定して実現させなかったルイス・ロベルト・バローゾ判事だ。
 大統領は「我々は憲法の4行から外れる必要はない。そこには我々の必要な全てがある。だが、誰かがこの4行から外れたことをしたいなら、我々も同じことができることを示してやる」「ヴェネズエラへの道を求めている彼らを打ち負かしてやる。我々が勝利者だ」と演説した。
 大統領は「二人を本来の場所に戻らせる必要がある」「一人か二人の権力を振りかざす人のために、我が国が道を誤ることは許されない。次の火曜日、7日に街頭で表明されるブラジル国民の声は、この二人への最後通牒だ。私は、あの一人か二人がブラジル国民への敬意を失って憲法を踏みにじれるか疑問に思っており、きっと自分の本来の居場所に戻ると思っている。最後通牒を出すのは私ではない、国民だ」とぶちまけた。
 ボルソナロ氏がたびたび繰り返す、この「憲法の4行」とは何か?

憲法142条とは

 日本国憲法では自衛隊のあり方を巡って第9条論争があるのと同様に、ブラジルにも「国軍の役割」を巡る憲法解釈、第142条問題がある。
 現行憲法の第142条では「国軍」の役割が《Art. 142. As Forças Armadas, constituídas pela Marinha, pelo Exército e pela Aeronáutica, são instituições nacionais permanentes e regulares, organizadas com base na hierarquia e na disciplina, sob a autoridade suprema do Presidente da República, e destinam-se à defesa da Pátria, à garantia dos poderes constitucionais e, por iniciativa de qualquer destes, da lei e da ordem.》と規定されている。
 『1988年ブラジル連邦共和国憲法』(二宮正人・永井康之訳)によれば《【第142条】〔国軍の編成〕国軍は海軍、陸軍及び空軍をもって構成し、共和国大統領の最高権威の下で、階級と規律に基づき組織された恒久かつ正規の国家制度であって、祖国防衛、憲法上の権力の保障及びこれらの権力のいずれかの発意によって法と秩序の保障にあたる》とある。
 写真にある通り、4行で書かれているから、大統領は「憲法の4行」と表現するようだ。この最後の部分《garantia dos poderes constitucionais》(憲法上の権力の保障)の解釈を巡って論争がある。
 最高裁に代表される「司法」、連邦政府を意味する「行政」、上下両院「立法」の3権が不調和状態に陥ったとき、ここにある「憲法上の権力の保障」をするために、軍が「調停力」(poder moderador)として単独で振る舞うことができると、ボルソナロ氏と支持者、軍は解釈している。
 3権が混乱したとき、軍が収束させるために行うのが「intervenção militar(軍事介入)」や「クーデター」だと考えている。ボルソナロ派のデモを見に行くと、この「intervenção militar」という標語が目立つ。

1988年憲法の第142条では「国軍」の役割が4行で書かれている(https://www.senado.leg.br/atividade/const/con1988/con1988_15.03.2021/art_142_.asp)

陸軍大将「深刻な事態だと軍が判断すれば、いつでも介入はありえる」

 事実、8月17日付コレイオ・ブラジリエンセ紙サイト記事によれば、予備役陸軍大将のアウグスト・エレーノ大統領府安全保障室(GSI)長官は、現在のブラジルの民主主義システムに軍部が干渉することは起こり得ると述べている。
 いわく「第142条は非常に明確で、公平な立場で読めばいいのです。憲法にこの条文が存在するということは、それが使えるということの証です」と述べた(https://www.correiobraziliense.com.br/politica/2021/08/4944122-o-artigo-142-pode-ser-usado-afirma-general-heleno-sobre-intervencao-militar.html)。
 エレーノ長官は、「現時点で軍事介入は起こらないと考えている」と述べつつも、「より深刻な瞬間に軍が行動を起こす可能性がある」ことを何度も繰り返した。
 同記事で記者から「介入の際に軍がどう行動するか決められているか」と尋ねられ、「介入の前に計画はない」と答えた。「条文には、軍がいつ介入すべきかは書かれていないが、国の平穏を維持するためだと書かれている。それはどこでも起こりうること。計画性はない」と答えた。
 エレーノ長官は「調停力(poder moderador)が使われないことが理想だが、前例のないことは起こりえる」とも強調。言い換えれば「深刻な事態だと軍が判断すれば、いつでも軍事介入はありえる」と言っている。
 ボルソナロ氏は「司法」は3権の中では、最も下の存在とみている節がある。立法を構成する連邦議員も、行政を指揮する大統領も国民から選挙で選ばれるが、司法には選挙がないからだ。
 ただし、一般的な法律解釈としては、司法は公務員採用試験で選ばれるというステップを経ているから、行政や立法と同等であるとされている。
 「司法は選挙で選ばれていない」というなら、軍人だって選挙で選ばれておらず、3権に介入する資格があるとはとても思えない。だが、ボルソナロ氏らは「軍は特別」と考えているから、そのような発想になる。その辺から全てのボタンの掛け違えが始まる。

「軍事介入合憲論」はありえない法解釈か

「軍は3権の対立の調停役になれる」と主張するイヴェス・ガンドラ教授(2014年4月15日、聖市の法律事務所で撮影)

 ボルソナロ派のこのような意見に対し、エスタード紙8月29日はカルロス・アルベルト・ドス・サントス・クルス氏の論文を掲載した(https://opiniao.estadao.com.br/noticias/espaco-aberto,o-governo-a-populacao-e-as-forcas-armadas,70003824540)。極右思想家のオラーヴォ・デ・カルヴァーリョ氏や大統領の息子たちと対立して大統領府秘書室長官を解任された予備役陸軍中将だ。
 いわく《連邦憲法第142条を誤魔化すことは、策略でありデマゴギーだ。軍隊が3権の独立と調和の保証人であるというのは真実ではない。そんなことは憲法に書かれていない。これは第142条の間違った解釈だ。また、勝手な解釈に基づいて軍隊を「調停力」とみなすことにも正当性はない。軍隊は、祖国を守り、憲法上の権限、法と秩序を保証するために存在する。今日のブラジルでは、共和国の3権の機能に軍隊が干渉するという考えはない》とし、軍部の中でも意見が分かれている。
 ただし、軍に「調停役」として一時的な統治権限を与えることを支持する法学者もいる。88年憲法作成時に制憲議会に何度も呼ばれて助っ人をしたマッキンゼー大学のイヴェス・ガンドラ教授だ。司法界の中でも最も保守的な思想を持つ重鎮と言われる。
 「Cabe às Forças Armadas moderar os conflitos entre os Poderes(軍は3権対立の調停役になれる)」とし、3権の対立が激化して収集が付かなくなったとき、連邦議会が軍に依頼すれば、一時的に国家運営を担うことは合憲だと彼は論じている。ただし、連邦議会が依頼するから調停役ができるのであって、軍が一方的に介入することは認めていない。
 憲法には《これらの権力のいずれかの発意によって法と秩序の保障にあたる》とあり、3権のどれかが軍に要請する必要がある。同教授は《第142条によれば、法と秩序を回復するために軍隊に頼るのは議会の権限であり、その規範に実効性を与えるものではなく、議会だけが起草できることになっている。(中略)軍隊の機能は、国家と民主主義機構を守ることである。時には節度ある介入をしなければ、技術的にも政治的にも他の機能を発揮することはできなかったのだ》(https://www.conjur.com.br/2020-mai-28/ives-gandra-artigo-142-constituicao-brasileira)と解釈する。

自作自演の軍事介入?

2016年7月31日、聖市パウリスタ大通りのデモにあった軍事介入を支持する横断幕

 現在、上院コロナ禍議員調査委員会(CPI)による捜査によって連邦政府のワクチン不正購入疑惑や、故意的なワクチン購入遅延工作などが次々に暴かれ、9月中には報告書がまとめられ、立法から大統領罷免や犯罪捜査につながる可能性が高まっている。それに加え、司法からも大統領や息子らに犯罪捜査の手が広がっている。
 ボルソナロ氏は立法や司法からどんどん追い詰められ支持率が下落し、産業界からも最後通牒のような公開書面が出され、逆にライバルのルーラ元大統領の人気が日に日に上がっている。
 7月末にセントロンのノゲイラ上議が官房長官に就任して議会工作を潤滑にし、来年の選挙に向けて人気取り政策をどんどんと打ち出すと思われた。だが、セントロンが望む「大統領の態度軟化」は起きず、むしろ過激さを増している。
 そこで疑われるのが「軍事介入」という選択肢をボルソナロ氏はすでに選んでしまったのではないかという疑問だ。
 大統領就任以来、彼が連邦議会や最高裁を批判し、かみつくような発言ばかりするのは、3権が調和していては困るからだろう。常に調和していれば軍登場の場面はない。3権がお互いを批判し合って争っている状態こそが、軍の出番を作れる下地となる。
 ボルソナロ氏は「深刻な事態」を演出するために9月7日を利用しようとしている。「深刻な事態」を起こすために、各地で軍警や軍人のデモ参加を呼びかけている。そのモデルとなっているのは、今年1月6日、ドナルド・トランプ米大統領(当時)の支持者らが米連邦議会の議事堂に乱入した事件だと言われる。
 現在、大統領を先頭に、いくつかの州の軍警隊員はSNSなどを使って同僚にデモ参加を呼びかける活動を積極的に展開している。この流れで、警察官を多く含む武装した抗議者が連邦議会や最高裁判所に侵入して破壊活動をするように仕向けられている可能性があると見られている。
 武装した軍警がそのような事態を起こせば、軍が出動する理由となる。いわば、ボルソナロ派による自作自演のクーデターだ。もしくは、デモ隊の鎮圧にあたるはずの軍警側にも、大統領派のinfiltrado(スパイ)がもぐりこんで、デモ隊に過激な鎮圧を仕掛けて、かえって騒乱状態に持ち込もうとしている勢力があるとの報道もある。
 それを見越してルイス・フックス最高裁長官は2日、「民主的な環境では、公的なデモは平和的なものであり、表現の自由は暴力や脅迫を支持するものではありません。私たちが市民権を行使するには、民主主義機関とその構成員の品位を尊重することが前提となります」と演説し、デモの中に紛れ込む可能性のある暴力的な行為を徹底的に監視・防止し「厳しく罰する」と明言した(https://politica.estadao.com.br/blogs/fausto-macedo/em-mensagem-a-bolsonaro-sobre-7-de-setembro-fux-diz-que-stf-nao-vai-tolerar-ataques-a-democracia/)。

バイデン政権特使に「米国選挙が盗まれた」

BBCブラジル8月30日付記事《米国はブラジルの民主主義の行方を不安視しているが、軍のクーデター参加はないとみている》(https://www.bbc.com/portuguese/brasil-58364382)の一部

 ボルソナロ氏が常々、正当性を主張する1964年軍事クーデターには、米国のCIAが裏にいたことは周知の事実だ。ブラジルだけなく、同時期に起きた中南米の軍事政権の裏にはCIAがいた。だから軍内部でクーデター反対派が反乱を起こせなかったと言われる。
 今回はどうなのか?
 1964年の米国大統領はリンドン・ベインズ・ジョンソンで、今と同じ民主党だった。1963年11月22日にケネディ大統領がテキサス州ダラスで暗殺され、副大統領から昇格した人物だ。今回もバイデン大統領は民主党だが、政治情勢はまったく逆だ。
 BBCブラジル8月30日付記事《米国はブラジルの民主主義の行方を不安視しているが、軍のクーデター参加はないとみている》(https://www.bbc.com/portuguese/brasil-58364382)には、現在の政治情勢を象徴的するような出来事が8月5日に大統領府で起きたと報じられている。
 バイデン政権が派遣した特使2人が、ボルソナロ大統領と会談した。米国の国家安全保障問題担当補佐官ジェイク・サリバン氏と、特別顧問フアン・ゴンザレス氏だ。
 米国側の懸案課題は、ブラジルに野心的な森林破壊削減目標を設定させて達成するよう圧力をかけること、5Gネットワークで中国の通信大手Huaweiの機器を使用しないように思いとどまらせることだった。
 だが、まったく予期しない話題がその場でボルソナロ氏から提示された。《会話は通常の台本から逸脱し、ボルソナロから2020年の米国選挙が盗まれたとほのめかされた》と報じられている。何年も民主党で重用されている政府高官を相手に、共和党のトランプ側に傾いた主張を敢えてぶつけた。米国高官はこんな会話が出てくるとは《まったく予期していなかった》という。
 同記事によれば、これによってアメリカ政府内では、「ボルソナロ氏は権力を永続させるために、トランプ式政治闘争術に厳密に従っているのでは」との認識が強まったという。例えば、選挙が行われる前から証拠なしで投票詐欺を非難して選挙への不信を生み出す手法から、1月6日の支持者による米国会議事堂乱入までだ。
 同記事によれば、1994年から1998年まで米国務省元事務局長で、ブラジル大使でもあったメルビン・レヴィツキー氏は「軍部がボルソナロによるクーデターの冒険に乗り出す可能性をそれほどありそうにない」と考えている。
 パウロ・セルジオ・デ・オリベイラ陸軍総司令官は8月の兵士の日のスピーチで、陸軍は「国内的および国際的に尊重されることを望んでいる」「静けさ、安定性、発展を望んでいる国の最も高貴な価値観とブラジル社会にコミットしている」と演説したことを彼は重視している。
 「私は、軍が政治に参加したいと望んでいるとは思わない。それを行うことは、彼らにとって壊滅的なことだ。それが起こった場合、ブラジルと米国の間の関係も壊滅的なことになる」と同氏は見ており、「米国は来年の大統領選挙後まで深い関係を持つことを待つ」流れのようだ。
 司法や行政から捜査されて尻に火が付いた大統領は別にして、軍にとって今クーデターを起こす〝大義名分〟はない。今回はバックにCIAはなく、冷静に国際関係を考えれば今クーデターを起こすことは、国にとって政治的にも経済的にもマイナス面ばかりだ。
 ただし、ブラジルでは20世紀だけでヴァルガス大統領が2回(1930年、1937年)、軍部が2回(1945年、1964年)の計4回もクーデターを起こしたという国柄がある。
 これから来年の選挙の前後にかけて、今まで説明してきた図式に従って大統領が何か起こす可能性があることは、常に意識しておいた方がいい。できるできないは別にして、本人は常々それを匂わせている。(深)

★2021年8月10日《記者コラム》「大統領、選挙敗北ならクーデター」報道まで?!=最高裁判事に「娼婦の子」発言
★2021年7月23日《ブラジル》セントロンのノゲイラ上議が官房長官に=コロナ禍CPIを牽制へ=ボルソナロのPP入党後押し?=「大統領の最後の切り札」の声も
★2021年8月3日《記者コラム》セントロンの政権乗っ取りが意味すること
★2021年8月17日《記者コラム》罷免や出馬禁止なら一気に流動化=可能性が出てきた「第3の候補」