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「日本は戦争に勝った!」=偽情報拡散と社会の分断を描く=葉真中顕、ミステリー『灼熱』

葉真中顕著『灼熱』(新潮社HPより)

葉真中顕著『灼熱』(新潮社HPより)

 勝ち負け抗争時のブラジル日系社会を舞台にしたミステリー小説『灼熱』(著・葉真中顕、出版・新潮社)の書籍、電子書籍版が9月24日に発売される。舞台となるのは1930年代のソロカバナ線奥地の架空の日本人植民地「弥栄村」。主人公は、叔父夫婦に誘われ、構成家族の一員として渡伯した沖縄生まれの子供移民・比嘉勇と、弥栄村一番の篤農家の息子である日系二世・南雲トキオの2人だ。

 2人は植民地の幼馴染として、柔道を研鑽する仲間、良きライバル、そして親友となる。だが、大戦下にブラジル政府の情報統制下において、雲行きが徐々に変わる。
 米軍が買い上げて爆弾の爆発力強化に使っているから、薄荷生産者は国賊であるとのビラが村に張られ、薄荷生産をする南雲家の農場に何者かが火を放つ…。
 戦争中にブラジル人から迫害を受ける中、親友のはずの二人は終戦直後、日本敗戦の報の真偽を巡って対立した。同様の対立は日系社会全体でも起こり、日本は勝ったとする「勝ち組」、敗戦したとする「負け組」に二分されてしまう。
 対立はやがて、勝ち組対負け組の暗殺が起こるところまで激化。加速度的に不安定化していく日系社会の中で、様々な思惑が交錯。勇とトキオの2人も「勝ち負け抗争」の渦に否応もなく呑みこまれていく。
 著者の葉真中さんは、1976年東京生まれ。2013年『ロストケア』で日本ミステリー文学大賞新人賞を受賞した本格推理作家。その後、2019年『凍てつく太陽』で大藪春彦賞、日本推理作家協会賞を受賞。今、最も活躍が期待される作家のひとりだ。
 2016年に本作の構想を温め始め、19年には当地に実際に取材に訪れ、聖市はもちろん、聖州ノロエステ地区の勝ち負け抗争に関係した場所や人物をたずねて回って詳細を確かめ、5年がかりで完成させた。
 葉真中さんは本作出版に際しての新潮社によるインタビューで、「勝ち負け抗争」を題材に、分断の進む現代社会やフェイクニュース問題の根底にある人間の「信じたいものを信じてしまう」性を描きたかったと語っている。
 ブラジルや米国では特に様々なニュースが行き交い、国を二分する現象が生まれている。その根底にあるのは何か。植民地で仲良く助け合ってきたはずの人々を、過激な抗争へと駆り立てた〝熱〟の正体とはなんなのか。ここまで勝ち負け抗争が起きる心理を徹底的に描きこんだ作品はかつてなく、新境地を切り開いたといえそうだ。
 ブラジルからの書籍版購入は太陽堂(電話=11・3207・6367、ワッツアップ11・99883・7170)、竹内書店(電話=11・3104・3329、ワッツアップ11・96269・2091)まで注文を。もしくは、通販サイト「Amazon」(www.amazon.co.jp/dp/4103542411)などで購入可。海外在住者にはKindle版もある。