帰国(ブラジルへ)のために、成田空港に向かったときの話だ。
「何とかエクスプレス」が成田空港に直行するので、それに乗るつもりだった。だが、最後のアポイントメントのある事務所を訪ねてから、山手線やら何とか線を乗り換えしてから、それに乗ったつもりで成田に向かった。
だが、おかしい。急行のはずなのにやけにスピードが遅い。各駅停車みたいにもたもたしながら電車は走った。それに、この電車は成田空港に乗り入れないことが分かった。
しまった、交通機関を間違えた様だ。「成田駅」に着いたが、「成田空港」ではない。俺は、「どうしよう。チェックインまで余り時間がない。手荷物も少しあるし」と困ってしまった。
考えた末、「空港まで直ぐそこだろうから・・・」とタクシーで行く事に決めた。想像した通りそう遠くなかった。飛行場の駐車場が見えてきた。
空港の敷地内に入ろうとした所で長い棒を持った警官が立ちはだかり行く手を遮った。臨時の検問所だ。重要な要人か誰かが、乗り降りするのだろう。警官は「何か身分証明出来る物かパスポートを見せてください」と言ってきた。
パスポートと航空チケットは一緒にして、しっかりと失くさない様に封筒にしまって荷物に入れてある。あっ、そうだ、財布の中にブラジルの身分証明書(RNE)がある事に気付いた。
ブラジルは身分証明書を携帯して歩かなくてはならない、義務でもある。俺の想像だが、自分が死体になった時、警察に自分が誰であるか知らせるためだろう。
身分証明書だけではない、納税者番号カード(CPF)も必要だ。これは、月賦払いの買い物したりする時に必要である。どちらもクレジットカードと同じサイズで、そんなに嵩張らない。それで、何時も財布に入っている。
俺は自然にRNE(外国人登録証明書)カードを、取り出して差し出した。警官はカードを見て、両手で丁寧に受取り、チラッと見た。
カードはカラーでブラジル政府のマークが入り、マークと一緒に大きな青文字で“REPUBLICA FEDERATIVA DO BRASIL(ブラジル連邦共和国)”と記され、その下に小さい字で“CEDULA DE IDENTIDADE DE ESTRANGEIRO(外国人証明書)”と記されて、登録番号、クラス、期限、名前、父母の名前、生年月日、出身国、入国期日等が細かく記され、大変カッコいいカードである。
特にブラジル政府のマークはアメリカのCIAやFBIのマークの様にカッコいい。そのせいか(?)、カードを受け取った警官は勘違いしたのか、「ハッ」とした感じでカードを返してくれて、一歩下がり俺に敬礼をし、タクシーの運転手に「どうぞ、通って下さい」と敏速な行動をした。
俺は急に何処かの(俺にはどこでもいい)国の要人になった気分で、成田空港に乗り入れた。タクシーの運転手まで少し俺に対する態度が変わり、車が止まると、走って荷物を降ろし、丁寧に帽子を取って、颯爽と車から降りた俺に挨拶した。
俺は飛行機に乗るまで南太平洋の小島の偽者の要人の気分だった・・・。