伝統あるニッケイ新聞主催の『第64回プレミオ・パウリスタ賞』授賞式が30日午前10時から、ブラジル日本文化福祉協会ビルの大講堂(Rua São Joaquim 381, Liberdade, São Paulo)で行われる。戦後、勝ち負け抗争で荒れた日系社会の世相を、日系スポーツ界振興を通して親和を図ることを目的に始まったのが、日系社会最古の伝統があるこの賞だ。今回は特別にコロニア、ブラジル社会で指導者や選手として、競技の振興や普及に尽力した功労者53人に対し記念プレートを授与する。従来の「スポーツ部門」では20種目から選んだほか、「特別賞部門」として社会功労賞、日系栄誉賞、感謝賞を、さらに「文化部門」も新設された。式典を前に、各人の経歴を紹介する(敬称略)。
★特別賞部門
【社会功労賞】原新
2019年から現在もパラナ日伯商工会議所会頭を務め、日本企業のパラナ州進出の支援や同会議所に青年部を発足させて組織の活性化を図るなど日伯経済の発展に貢献。12年から17年まで「パラナ州・サンタカタリーナ州ゴルフ連盟会長」に日系人として初めて就任。08年には国内外メディアにも取り上げられた「日本人ブラジル移住100周年記念コンペ」をクリチバで開催し、日伯両国の交流および日系社会へ貢献した。それらの功績が評価されて20年11月に在外公館表彰を受賞した。
【社会功労賞】中桐廣文(73歳、福岡県)
全伯規模で農機具を販売する総合農業機器会社CMMブラジル社長。日系企業家としてパラナ州の経済に貢献し、地域の日系社会・市民や同州政府から高い評価を得ている。日系企業が同州を訪問する際は無償で受入れに応じる等、両国の経済発展と友好親善の増進に寄与した。2017年にはクリチバ名誉市民賞を、18年には外務大臣賞、20年には叙勲旭日単光章を受賞。
【社会功労賞】下地幹郎(60歳、沖縄県)
日本の政治家。衆議院議員、政党そうぞう代表。日系ブラジル人四世ビザ制度創立に貢献し、現在もそのビザ制度の厳重な資格要件の緩和に向けて精力的に動き日伯間の交流に寄与。これまでに沖縄開発政務次官、経済産業大臣政務官、内閣府特命担当大臣・郵政民営化担当大臣、国民新党国会対策委員長、同政務調査会長、同選挙対策本部長、同幹事長兼代表代行、日本維新の会非常任役員、同国会議員団政務調査会長、同国会議員団副代表兼選対本部長等を歴任。
【社会功労賞】前岡セルジオ(61歳)
パラナ州、サンタカタリーナ州、サンパウロ州に計310店舗を展開する薬局チェーン「ニッセイ」の創設者で現会長。パラナ日伯商工会議所副会頭として日伯両国経済関係の発展に尽力。特にコロナ禍中は自社のルートを駆使して各方面に消毒キットやアルコールジェットなどを多数寄付し、日系人の地位向上に貢献。それらの功績が評価されて20年12月に在外公館表彰を受賞した。
【社会功労賞】ツジノ・レイテ・ジョージ(97歳、二世)
植物研究者。ジュサラ椰子の木に着目し、違法栽培や盗難などを防止するために、切られても再成長して枯れないハイブリッドジュサラ椰子を開発し、その種苗を配布し普及させた。ハイブリッドジュサラ椰子を普及させたことにより、自然保護に大きく貢献したことから、数え切れないほどの賞を受賞し、メディアが取り上げた功績を持つ。日本移民の受け入れを行ってきた行為などが評価され、沖縄県知事や山口県知事から表彰された過去も。慈善事業として学校の建設にも力を入れるなどブラジルの発展に大きく貢献した。
【社会功労賞】中林トシオ(70歳、北海道)
テント用資材の生産で有名な日系企業サンスイ・プラスチック工業社の社長。北海道函館市で生まれ、小学校から高校まで聖州バウル市で過ごす。その後、私立ジェトゥーリオ・ヴァルガス財団大学経営学を卒業後、サンスイ社に入社。聖州とアメリカで貿易分野を担当、バイーア州での勤務も経て、07年から現在も同社最高責任者を務めている。
【特別賞・テニス】与那嶺ルーベンス(81歳)
1975年からテニスを始め、ブラジリアや聖州で行われた数々の大会で入賞。1995年から2013年の間にはコペルコチアアスリートクラブ国際テニストーナメント(Torneio Intercolonial de Tênis do Coopercotia Atlético Clube)上級ベテランクラス(categoria de SUPER VETERANAOS)で優勝15回、準優勝11回。パウリスタテニス連盟のクラブ対抗トーナメントで65歳の部で準優勝を納めるなど数々の好成績を残した。その傍ら慈善事業でテニス教室を開き約40人に教え、沖縄県人会の役員も務めるなど日系社会の発展にも貢献した。
【特別賞・相撲】木本忠昭
相撲を通じて日本文化の普及に貢献。04年から17年までノヴァセントラル相撲連盟会長を務めた。20年間に亘って聖州サレゾポリス市で地方大会を開催。01年の世界ジュニア大会ではブラジル代表コーチとして活躍した。ブラジル大会や南米大会などでメダルを獲得する選手を多数輩出した。南米相撲連盟会長やパウリスタ相撲連盟の財務部長を歴任。04年から現在までブラジル相撲連盟の副会長兼財務責任者を務めている。
【特別賞】斎藤ワルテル俊男(53歳、二世)
聖市出身、埼玉県児玉郡上里町在住。日本で長ネギブランド「葱王」を販売、在日日系ブラジル人で最高のビジネス成功者。わずか9年で42・5ヘクタールの生産面積を誇るまでになり、「長葱作り日本一」に。教育事業にも貢献しており、子供を持つ労働者が安心して働けるようにと「学校法人ティーエス」を1997年に設立するなど日伯両国を跨いで貢献している。
【感謝賞】藤崎康夫(85歳、熊本県)
東京都在住。1936年東京生まれ、終戦直前に親の郷里熊本に。日本移民関係の著作など30冊を執筆。パウリスタ新聞東京支社を74年に開設。ニッケイ新聞に合併した後も計40年以上に渡って東京支社長を務めてきた。83年頃から日本の新聞をファックスで本社に送る業務を始め、インターネットが普及する95年頃まで続けた。80年代に日本の地方紙を回って業務提携を提案に尽力した他、日本国内の日系人関連の記事を本社に発信するなど日伯関係に大きく貢献した。現在は名誉東京支社長。
【感謝賞】高橋幸春(ゆきはる)(71歳、埼玉県)
埼玉県生まれ、東京都在住。早稲田大学卒業後、ブラジル移住。パウリスタ新聞、月刊セクロ編集部勤務を経て1978年帰国。以後フリーライターとしてノンフィクションや小説を執筆。「第2回プレイボーイ(集英社)ドキュメント・ファイル優秀作品賞」「第6回潮ノンフィクション賞」「第13回講談社ノンフィクション賞」などを受賞している。帰国後は東京支社から自身の原稿や記事を本社に投稿した他、日本の大手メディアとの仲介などの支援を行った。
【日系名誉賞】故下本八郎(行年85歳、二世)
6期24年間、聖州議会議員として活動し、最大手の会計事務所「キング会計事務所」を創業。聖州経理・補佐・鑑定・情報・調査業務企業組合(Sescon-SP)会長も務めた。1980年には同氏のあっせんにより、ブラジル国法人『ブラジル国士舘大学協会』を設立。その他、日本語学校連合会会長として日本語教育に熱心に取り組んだ他、ブラジル相撲連盟名誉会長も務め、日系社会及び日伯関係の強化に献身してきた。14年春の叙勲『旭日中綬章』を受章した。
【日系名誉賞】山村敏明(80歳)
聖南西文化体育連盟(UCES)会長およびリベイラ沿岸日系団体連合会会長。聖州南西地方や聖州南部海岸地域の日系団体間の連帯を強化し、活性化に尽力した。レジストロ文協会長、リベイラ合同百周年委員会委員長なども歴任。レジストロ文協会長時代には日本語や日本語文化の普及に貢献するなど、長年に亘って日系社会に貢献した。その功績が認められ、2020年11月には叙勲旭日双光章を受勲した。
【日系名誉賞】纐纈俊夫(こうけつ)(81歳)
汎ソロカバナ日伯連合文化協会会長。2007年から同連合会会長を務め、同地域の日系社会活性化と日系団体間の連携強化に貢献。同地区の日系の若者による団体活動を支援し、日本文化行事及び地元学校で俳諧の講習会を開催するなどして、日系社会の発展と日本文化の普及にも尽力した。その功績が認められ2015年11月には外務大臣表彰を、20年11月には叙勲旭日双光章を受勲した。
【日系名誉賞】京野吉男(86歳、二世)
聖州バストス市出身。ブラジル陸軍予備役大佐。1954年にサンパウロ士官予備学校に一兵卒として入隊し83年まで陸軍軍人として活躍。軍人時代に「銅輪陸軍銅章」や「陸軍大臣授与パーム調停者章」「ブラジル地理学協会ロンドン元師章」「銀製輪付陸軍銅章」など数々受章。そのほか、ブラジル日系協会初代会長やブラジル日系汎米協会副会長、リベルダーデ文化福祉協会広報部長などを歴任し、日伯両国関係強化、ブラジルへの日本文化の普及に大きく貢献した。それらの功績が認められ2015年11月には外務大臣表彰を受賞した。
【日系名誉賞】白石一資(かぞし、86歳、二世)
聖州北西地方でノロエステ連合相撲協会会長やアラサツーバ福岡県人会副会長、アラサツーバ日伯文化協会会長、ノロエステ連合日伯文化協会会長、ノロエステ日本語普及会名誉会長を歴任。長年にわたって日系社会を支え、日本文化及び日本語の普及に尽力した。それらの功績が認められ2011年11月には外務大臣表彰を受賞。暑い気候でも育つオクラ栽培の方法を研究、同地地域住民にノウハウを伝え地域農業発展に貢献したことから12年に山本喜誉司賞も受賞している。
【日系名誉賞】上原武夫(86歳、沖縄県)
1956年に戦前移民の親戚の呼び寄せで単身渡伯し、農業に従事した後、美容院と化粧品店の経営を行った。その傍ら日系社会への貢献活動も行った。1989年には沖縄県人会ビラカロン支部会長を務め、ビラ・カロン沖縄県人会支部会館の建設に貢献した。日伯援護協会や日系福祉団体「こどものその」「希望の家」の役員も務めるなど日本文化の普及と日系社会の発展に尽力した。
【日系名誉賞】鈴木エドアルド・テミヂロウ(75歳)
パラナ州マリンガ市在住。現パラナ日伯文化連合会会長として、同地にて日本文化の普及と日伯相互理解の促進に貢献した。マリンガ文化体育協会会長、マリンガ日本公園会長なども歴任し、マリンガで文化・スポーツ活動を軸にした日本文化の継承や、若者の会員を増やす取り組みを行い、日系社会の活性化に貢献した。それらの功績が認められ2020年11月には叙勲旭日双光章を受勲した。
★文化部門
【歴史研究】宮城あきら(83歳、沖縄県)
1996年に伯国移住、15年間健康食品店を営む傍ら、97年にブラジル沖縄県人会サントアンドレー支部に入会。2000年から現在も同支部理事。同支部45周年記念誌や同県人会ビラカロン支部創立50周年記念誌など多くの記念誌発刊に貢献した。13年にはブラジル沖縄県人移民研究塾を創立し、代表兼編集長に就任、ブラジル及び南米の沖縄移民史の同人誌『群星』を刊行した。大戦前後の日本移民迫害「サントス事件」についても取り上げるなど日系社会の発展に尽力した。
【カラオケ】重田エウゾ(77歳、二世)
UKP(パウリスタ・カラオケ連盟)会長を務めカラオケを通して日本の歌謡曲を広める活動を行った。その他、日系福祉施設「希望の家」役員やピラチニンガ文化体育協会会長、アリアンサスポーツ担当、広島県人会副会長、ブラジル日本文化福祉協会評議員などを歴任。2006年と10年に2度の州議選に出馬。憩の園支援チャリティーショー「日本人の心の歌」では実行委員長を務めるなど、幅広い分野で活躍し日系社会発展へ貢献した。
【華道】田中エミリア(92歳、サンパウロ市出身)
1984年に華道家元池坊四十五世専永宗匠の認可を得て、池坊ラテンアメリカ橘支部を設立。その後、ブラジル生け花協会会長も務め、生け花の展示会や講座などを開催、協会の四十周年史発行や他団体の文化事業にも協力するなど、ブラジルでの日本文化普及に大きく貢献した。それらの功績が認められ2006年4月には叙勲旭日双光章を受勲した。
【日本舞踊】故花柳金龍(本名・松井萩野)(行年91歳、福岡県)
8歳から花柳流舞踊を始め、金太郎師範の門下生となり23歳で名取となった。1952年27歳で渡伯。53年に「花柳流日本舞踊教室」を聖市に開設。ブラジル移住30周年記念には、文協大講堂で演舞を行った。戦後はじめてブラジル高官の前で日本舞踊を発表、プラナルド宮において大統領の前で舞踊を披露したなどの経歴を持つ。日系福祉施設などの慈善ショーにも貢献するなど、ブラジルでの日本文化普及と継承に尽力した。それらの長年の功績が称えられて2010年には四世花柳寿輔氏から舞踊家として「柳芳賞」を受賞した。
【日本舞踊】初代京藤間勘輝(行年72歳、東京都、本名・田中みつ)
京藤間流初代家元。6歳から大阪の山村流で日本舞踊を習い、13歳で山村流の資格と芸名を取得した後、師匠の紹介で藤間流に入門。藤間勘輝として、1946年からサンパウロにて日本舞踊の指導者、舞踊者として活躍した。62年に多くの日系コロニアの支援をえて京藤間流を設立。初代は二代目に名前を譲った後、遊楽を名乗り、1978年に亡くなった。日本舞踊を通して日系社会に大きく貢献した。
【茶道】林宗円(円)(まどか、72歳、福岡県)
茶道裏千家ブラジル副代表として日本文化「茶道」の普及に尽力し、日系・非日系問わず茶人を育成するよう貢献している。2009年から現在もブラジル日本文化福祉協会の副会長としても活動しており、過去にはブラジル日本移民百周年の開会式の実行委員長も歴任。その他、文協図書館や文芸委員会委員長、文化統合委員会委員長なども務め日本文化の保護、普及、継承などに貢献してきた。
【文学】醍醐麻沙夫(86歳、神奈川県、本名・広瀬富保(とみやす))
学習院大学文学部卒業。日本のビッグジャズバンド「スマイリー小原とスカイライナーズ」でサックスを担当。1960年に渡伯し、嶋田正市氏と共に音楽活動を行った。その後、作家活動に入り、1974年「「銀座」と南十字星」でオール読物新人賞受賞、1975年「夜の標的」で直木賞候補。1991年「ヴィナスの濡れ衣」でサントリーミステリー大賞佳作、サンパウロ新聞文学賞などを受賞。ブラジル移民文庫(https://www.nikkeyshimbun.jp/iminbunko/)を作って移民資料を誰でも読めるようにし、ブラジル日本移民百周年記念協会の日本語版百年史編纂刊行委員会委員長を務めるなど日本文化普及に貢献し、2015年11月には外務大臣表彰を受賞した。
【日本舞踊】蓮井康恵(やすえ)(78歳、高知県)
1960年よりイタチーバに在住。78年に師匠・池芝氏と出会い、日本舞踊を始める。82年には名取・池芝縁苑となる。2004年にはリベルダーデ文化福祉協会舞踊部に入会し、現在でも日本舞踊を通じてブラジルで日本文化の普及および継承を行っている。
【歌謡】大村吉信(76歳、埼玉県)
日伯音楽交流協会会長として、歌謡指導や日系人の憩いの場を提供する歌謡祭や歌謡ショーをたびたび企画・開催するなど、長年に亘りブラジルで日本文化の普及を行っている。1957年に農業移民としてブラジル移住。73年までラジオを通じて日系コロニアの日本語放送する。67年音楽事務所を設立し歌手要請や作詞作曲、移民の歌などコロニア文化を歴史に残す為レコード制作を始める。大村歌謡唱歌教室を開室し広範囲に渡って歌唱指導を行う。97年には、日本ビクター歌謡音楽研究会公認講師となり、ブラジルビクター歌謡教室を設立。自身も作詞作曲活動に励み、これまでも10枚以上のCDを制作している。
【日本舞踊】藤間芳誠(ヨシセイ)(85歳)
1968年に藤間流日本舞踊学校に入籍し、現在も同流派の舞踊活動を行っている。70年に芳之承師が取立し家元藤間勘右衛門より名取を認められ藤間芳誠となる。85年にはコメンダ・カロスゴメス賞を受賞。86年から2010年にかけてチリ・パラグアイ・リオほか地方都市で舞踊指導をおこなうなど、ブラジルおよび南米規模で日本文化の継承と普及に尽力した。
【美術】豊田豊(90歳、山形県)
ブラジルでの美術活動、日伯両国間での美術交流促進を行った。東京藝術大学を卒業し静岡県立工業試験場に勤務後、1958年に工業移民として渡伯。60年から70年までアルゼンチンやイタリアなどに住み絵画、彫刻の制作活動を行う。72年よりブラジル国籍を取得、同国代表として数々の交流展を開催。それ以降、ブラジル国から騎士章受章、イタリアの美術コンクール「ピアツエッタ賞」で最高賞を受賞。日本国により紺綬褒章を受賞、叙勲旭日双光章を受勲など数々の功績を残す。日本でも40点以上も作品を制作設置するなど、美術を通じて日伯両国に貢献した。
【歌謡】西森・植田・エリザベッチ・明美
パラナ州マリンガ在住。ブラジル歌謡協会会長を務める。歌謡を通じて日本文化を普及することに貢献。1978年には当時の皇太子明仁親王と美智子妃両殿下(現上皇上皇后両陛下)のご来訪を記念して、マリンガで開催された「紅白歌合戦」で司会を務めた。92年に静岡県浜松市で行われた「国際東西日本カラオケ大会コンクール」でブラジル代表として出場し特別賞を受賞。その他、「日本流行歌コンテスト」「日本歌謡選手権大会」など数々の高いで優勝を納めた。これらのことが評価され、2019年には外務大臣表彰を受賞している。
【琉球舞踊】大嶺(おおみね)初枝
(72歳、沖縄県)
琉球舞踊や琉球大鼓、琴などを長年に亘り教え、日本文化の普及と継承に尽力している。同氏は1982年に新崎(あらさき)ツルコ氏の琉球舞踊研究所で稽古を始め、同年「琉球舞踊コンクール初心者部門」で優勝。97年に玉城(たまぐすく)流小太郎会ブラジル支部の道場を開設し支部長として活動。2000年には沖縄クラシック音楽コンクールの琴部門で最優秀賞を受賞。その後、02年に沖縄県の創作芸団レキオスの指示で、ブラジルにレキオス芸能同好会を創立。日本移民百周年記念式で舞踊を披露、16年には沖縄で開催された世界ウチナーンチュ大会でも披露した。
【琉球舞踊】城間和恵(82歳、沖縄県)
沖縄七大古典舞踊の一つ「伊野波節(いのは)」を長年にわたって教え、日本文化の普及と継承を行っている。17歳から琉球舞踊を始め、21歳の時に戦争で物資が不足していたことからボリビアに移住。その後ブラジルに転住し、新崎ツルコ氏の琉球舞踊研究所に入門。舞踊コンテストに出場し数々の入賞をしたのち、1992年に城間和恵琉舞道場を開設。2005年から10年までブラジル琉球舞踊協会の会長を務めた。07年に母県の沖縄ブラジル協会創立55年記念式典に参加して舞踊を披露、ブラジル日本移民110周年記念イベントでは沖縄県人会として舞踊を披露するなど日伯両国で貢献している。
【書道】若松如空(孝司)(90歳、茨城県)
早稲田大学卒業後渡伯。50歳の時、渡辺少南氏の下に弟子入りし書道家となる。その後、渡辺氏が所属していた北辰書道会に所属。約7年をかけ教師資格を取得した。長年ブラジル書道愛好会会長として、ブラジル書道界をけん引した。(現在は同会名誉会長)ブラジル人にも親しんでもらえる書道の指導法を現在も模索し、ブラジルに書道が広める活動をしている。 ブラジル日本移民百周年には、ブラジル書道振興会会長として、MASPで開催した日本の代表書家の作品展成功に尽力するなど、日本文化普及に貢献した。
★スポーツ部門
【合気道】丸山ロベルトノブヒコ(76歳)
合気道を通じてブラジルにおいて日本文化の普及、伝承に貢献している。2015年に合気道7段を取得。現在、同氏の合気道道場はブラジルに20カ所あり、生徒は500人にのぼる。同氏は1988年に日本で開催された国際合気道大会にブラジル代表として出場、90年に南大河州に合気道を伝えるための演武を披露。2002年には合気道指導者認定の為、FMUの地域体育競技会コースを修了した。
【野球】チアゴ・ヴィエリ・ルシオ(28歳、ブラジル人)
ブラジルのプロ野球選手。9歳の時からサンパウロ州タトゥイ市で野球を始める。2010年に聖州ヤクルト野球アカデミーの入団テストを受けて合格。アカデミーでのプレーが評価されシアトルマリナーズとマイナー契約を結んだ。11年に同団傘下のベネズエラのマイナーリーグチーム、続いてパナマのチーム、2013年からは米国のシアトルマリナーズでプロデビューし、17年には同Aチームに昇格した。その間、オフシーズンに開催された第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)予選及び本戦のブラジル代表に選出された。18年にはシカゴホワイトソックスに移籍し、20年に読売ジャイアンツに移籍、一軍で活動している。
【ゴルフ】アサクラ・フランシスコ(64歳、三世)
2001年よりゴルフを始めた。07年と15年にPLゴルフクラブのハンディキャップ委員会のコーディネーターを務めた。同委員会にて、ブラジルゴルフ連盟が定めるハンディ基準に沿ってよりさまざまな人が互いに競争できるように尽力した。10年には同ゴルフクラブ場の諮問委員会メンバーとして経営改善の為の提言や助言などを行った。
【空手】オオシロ・ペドロ・ヒデカツ(75歳)
空手を通じて生徒に礼儀作法などを指導し、ブラジルで日本文化の普及と継承に貢献している。2012年に黒帯8段を取得。これまでパウリスタ空手連盟副会長やサンパウロ州空手連盟会長などを歴任した。
【健康体操】高原勝弘(101歳、京都府)
サントアンドレABC文化協会老人会(白寿会)会長を2年務めた。2011年にサントアンドレ文化協会の老人会である白寿会の健康体操グループ創設として尽力。以来、10年にわたり協会が催すイベントや近郊のイベントに勢力的に参加し、健康体操の普及と日系社会へ貢献した。
【将棋】ジェームス・マン・デ・トレド(60歳、ブラジル人)
ブラジル将棋連盟副会長を務め、将棋を通して日本文化普及に尽力している。元々プロチェスプレイヤーだったが、将棋に魅了され転身し、現在はチェスと将棋の両方を教えている。将棋では5段、チェスでは4つの称号の最高位グランドマスターの資格を持つ。2008年からブラジル将棋連盟に入会し、11年にはフランス・パリで開催された国際将棋フォーラムにもブラジル代表として参加。15年にはブラジル王将戦で優勝。同年、静岡で開催された同フォーラムにブラジル代表として参加した。
【そろばん】岡田龍樹(12歳、二世)
ブラジル珠算で唯一の珠算検定の最高段位である十段を取得。2017年と18年、19年と全伯珠算大会優勝3連覇を成し遂げた。20年にはフラッシュ暗算九段取得。21年には全学費分の奨学金がおりコレジオ・イタパ(COLEGIO ETAPA-EF2)に入学した。グローボやレコルジなどの全国ネットテレビ局で「そろばん」を紹介し、フラッシュ暗算を披露するなど日本文化普及に貢献している。
【アスリート】ガブリエラ・オオツボ・カミーロ・ドス・サントス(26歳、三世)
陸上競技の円盤投げで活躍中の選手。11歳の時に陸上競技チーム「アスレチック・サウデ(Atletismo Saúde)」に所属。当初は100m走と800m走で競技していたが、15歳で円盤投げに転身。2014年には国際アスリート大会の円盤投げでチャンピオンとなり、16年メキシコ陸上大会で1位、18年チリ陸上大会で1位と数々の好成績をおさめた結果、18年と19年には女子部門ベストアスリート入りを果たした。20年ブラジル陸上大会で1位となり日系社会の印象の底上げに貢献した。
【ゲートボール】アラタニ・ヨシアキ(87歳、二世)
ブラジルゲートボール連盟副会長およびカンポ・グランデ・ゲートボール連盟の会計係として活動している。同氏は1996年からカンポ・グランデの同連盟会計係を現在も続けるなど、長年に亘って日系団体を支えている。また副会長職として日系人の憩いの場を提供している。
【剣道】コンスタンティノ・ヴィクトール・パパドプル・メシニス(62歳、ブラジル人)
剣道と居合道を通じてブラジルでの日本文化普及と継承に貢献している。剣道は6段で師範と同等位の練士、居合道は3段を所持。1969年からブラジリアで剣道の稽古を始める。89年からブラジル日本文化福祉協会で稽古を行い、居合道はピラチニンガ文化体育協会にて稽古を行う。2005年から11年までパウリスタ剣道連盟会長を務めた。
【古武道】木村シルビオ (52歳、三世)
2003年に友人の紹介で二天古武道研究所に訪問し古武道の稽古を行う。以来、稽古を重ね、居合術を2段、杖術1級、剣術5級を所持している。また十手や鎖鎌の認定も受けている。2006年、10年、17年に古武道大会居合術の上級カテゴリーでチャンピオンとなっている。また二天の大会では居合術と杖術の審査員も務めるなど古武道を通じて日本文化の普及と発展に尽力している。
【マレットゴルフ】アリセ・ミワコ・タバタ・シムラ(62歳、二世)
2006年からサンパウロマレットゴルフ連盟にてマレットゴルフを始める。12年から19年まで女子部門の大会に参加し6回優勝している。13年、14年は準優勝と好成績を納めている。
【パークゴルフ】ヒロセ・セツオ(66歳、北海道)
2014年よりアチバイア日伯文化体育協会(ACENBRA)のパークゴルフ部で練習を始める。16年から現在も同部の役員を務めており、18年と19年には部長を歴任した。現在は同部の副部長を務めており、練習生を3倍に増やすなどパークゴルフを通して日系団体に貢献している。
【ラジオ体操】浜田満栄さん(みちえ、93歳)
奥ソロのプレジデンテ・ベンセスラウ在住。1982年から現在もラジオ体操を始めた。週3回早朝6時30分から始まるラジオ体操に精力的に参加した。また、ブラジルラジオ体操協会設立にも尽力するなど日系コロニア憩いの場の提供に貢献した。
【リズム体操】手代木・たか子・エリーザ・清水(78歳、二世)
2015年からリベルダーデ文化教育健康協会(ALCES)の健康体操に参加。それ以来、精力的に参加し、18年にはリズム体操準指導員証を取得。体操を通じて日系コロニアの憩いの場の提供に貢献した。
【ソフトボール】マリアーナ・リベイロ・ペレイラ(24歳、ブラジル人)
5歳の時からマリリア日系クラブでソフトボールを始めた。14歳の時は17歳以下が出場する大会にブラジル代表として出場。2011年にはベネズエラで開かれた南米大会に出場。17年にはパンアメリカ女子ソフトボール選手大会で8位入賞、19年にはブラジル杯女子成人ソフトボール大会で優勝、19年東京五輪予選パンアメリカン大会4位、20年ブラジル杯優勝など好成績を納めブラジルのイメージの底上げに尽力した。
【相撲】フラヴィオ・トオル・コサイヒラ
1997年に相撲の稽古を始め、97年に世界相撲選手権無差別級で3位入賞。その他、南米相撲大会で優勝など数々の好成績を納めている。2000年以降は指導者および選手として活動。17年から19年の世界選手権ではブラジル相撲チームを指揮した他、20年(21年に延期)東京で開催予定だった白鵬杯では少年相撲チームのコーチを務めるなど、相撲を通じた日本文化の普及に貢献している。
【テニス】タイス・レミ・ヒロキ(43歳、ブラジル人)
11歳からテニスを始め、日系コロニアトーナメント大会やブラジリア大会、地方大会などに出場。これまで2012年は韓国、15年はインドで開催されたソフトテニス世界大会にもブラジル代表として出場。現在はテニス教師として活動し、生徒にテニスを教えるとともに同競技の普及に貢献している。
【卓球】ヤマダ・ジェシカ(31歳)
2005年から19年にかけて各国で行われる国際卓球大会にブラジル代表として出場し好成績を納めた。その実績が評価され、本年開催された東京五輪にもブラジル代表として出場するなど卓球を通じて日系社会に貢献した。
【アーチェリー】木下末男(70歳、一世)
10年以上に亘りアーチェリーを練習。また同競技を率先して教え、スポーツマンシップ精神をもった生徒を多数排出した。このことから、日系人のイメージの底上げとブラジルアーチェリーの発展に貢献した。