ブラジル音楽界の大御所カエターノ・ヴェローゾが、21日に最新アルバム「メウ・ココ」を発表し話題となっている。
カエターノといえば、1960年代後半にかのビートルズの影響を強く受けた反体制文化運動「トロピカリズモ」を牽引して以来、ブラジル音楽界を代表する存在であり続けている。ブラジルの伝統音楽と欧米の先端の音楽からの影響を融合し続ける音楽性は国際的な評価も高く、とりわけ日本のような国では「音楽通」とされる人たちから強く愛される傾向が顕著だ。
カエターノは60歳をすぎてロック色を強めるなど、年齢を重ねるごとに音楽表現がより過激になることでも知られている。79歳で発表した9年ぶりのアルバムである今作でも、ロック色こそそこまで濃くはないが、衰え知らずの歌声で、もっとも売れていた70年代頃の彼の音楽性に再接近した若々しい作品で好評だ。
この「カエターノの世代」がブラジル音楽のいわば黄金世代と目されることが少なくないが、この年代は元気な人が多い。ジルベルト・ジル79歳、シコ・ブアルキ77歳、ミルトン・ナシメント79歳、ガル・コスタ76歳、マリア・ベターニア75歳。いずれも現役で非常に元気で、パンデミックが明ければステージ活動も行うことが予想されている人たちばかりだ。彼らが貫禄をもって現役を続けていることが、「ブラジル音楽」に対して好印象を与え続けていることも事実だと思う。
だが、ちょっと視点を変えてみると、不安も少なくない。いずれも75歳を超えた彼らが、もし、ある日いっせいに音楽活動をやめてしまったら…。そう思うと不安だ。それくらい今のブラジル音楽には、この世代に匹敵する後継者が育っていないからだ。彼らの世代以降で知名度が比較的あるとなると、せいぜいマリーザ・モンチやイヴェッチ・サンガーロがいる程度だ。
それはすなわち、ブラジル音楽界の国際市場に向けた努力の欠如も同時に意味する。とりわけ90年代以降、ブラジル音楽の市場は内向きとなり、セルタネージャかファンキが二大人気音楽となったが、どちらも国内消費ばかりで世界発信がほとんど行われない。
その一方で、コロンビアは、米国における中南米移民の急増を背景にスペイン語のままヒップホップ調のダンス・ミュージックで米国に進出。これがまんまと成功し非英語圏の国ではKポップの韓国につぐ一大勢力となっている。ブラジルもアニッタやパブロ・ヴィッタルなどがこの波に乗ろうとしているが、まだ成功したという話は聞いていない。
カエターノの世代が去った後、果たしてブラジル音楽界は大丈夫か。その不安を解消してくれるだけの存在は、残念ながら、まだ見当たらない。(陽)