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繁田一家の残党=ハナブサ アキラ=(16)

 旅館の薄暗い部屋で、その二人がなんとなく、もの苦しく座ってた。
 この二人、北海道の混浴温泉で出来てしまったらしい。
 おやじに言わせれば「長いこと外国に住んでて、生まれたことも知らん日本の姪やったら俺でもやるぜ」と、意にも介さなかった。
 ところが日本が30年ぶりの川西さんの妹、即ち実の兄に操を奪われた娘の母親である矢野さんは、25歳の愛娘の久美子ちゃんを、ブラジルに行くワイに嫁がせようとたくらんだ。そんな事とは露知らぬワイは、ブラジルに着いてからは、川西さんはじめ矢野さんの姉一家とも親しく付き合っていた。
 大阪を直撃した室戸台風で家が全壊してブラジルに移住し、慣れない奥地での過酷な農作業から逃げ出し、サンパウロで酒類や清涼飲料水の卸を手広く営む川西さんが、サントス港に迎えに来ると約束してくれ、ワイは気楽になった。
 海外移住事業団の長崎支部で移住の手続をし、ユネスコでポルトガル語の勉強を始めた頃に、アマゾン河口にある日本移民の胡椒産地・トメアスから故郷に花嫁探しに帰国中の三宅逸夫さんと、その妹が教えに来ていた。三宅逸夫氏を福岡に連れて行き、島田嬢を紹介したら、大濠公園を散歩してお互い気に入ったらしいが、島ちゃんは地図を見て、ワイの移住するサンパウロとの距離が遠過ぎると怖くなり、お見合は実らず。
 独身所長の恋人・富永昭子と同期入社で仲良しの河上絹子(キーコ)が、しま子と一緒に福岡から遊びに来た。二人は長崎港を見下ろすラーメンの家に泊まり、長崎市内を案内してもらっていたが、ワイは富ちゃんを上田仁指揮の東響演奏会に連れて行った。彼女は早く、みんなと合流したくて初めて聴く生の交響曲も、上の空。
 あくる日、みんながワイの社宅の庭園に集まりピクニック気分。
 仲の良いキーコが富ちゃんに「どうやら、島ちゃんはハナさんが好きらしい」と云ったと翌日打ち明け「わたしも負けないようにしなくちゃあ!」と、ワイに云った。ワイは「必ず迎えに来る」と答えたら「この長い髪を切らずに、ハナさんの帰りを待ちます」といじらしい。すぐにでも連れて行きたかったが、当ての無い先行きの判らない旅の道連れには出来なかった。
 発つ日の別れ際にも抱き合ったが「アンネだから駄目よ~」と、彼女は泣いた。
 神戸に向かう汽車が長崎駅を出発したら、彼女が列車を追いかけるようにプラットフォームを走り出した。「発車の瞬間、胸が張り裂けそうになりました」と受け取った手紙に書いてあった。
 話は戻るが、おやじが来てから福岡支店にも野球チームが出来て、真新しいユニフォームを着て寮の若者だけでなく、課長クラスも大喜びで練習に参加した。
 中でも熱心な沖田課長が会社で「ハナさんのバッテイングはダイナミック」と云いふらした。
 悪い気はしなかったんで「ワイは甲子園の土を踏んだ」と云うたら、みんなが「さすが~!」と感心してた。
 甲子園で生まれ甲子園で育ったけど、甲子園球場で出入り業者の食品を検査する検品のアルバイトをやった事はあるが、全国の球児の憧れのグランドでプレーしたことは、おまへん。
 そやけど甲子園の土を踏んだのは、うそではない。戦時中に疎開してた時期以外、九州に転勤するまでは25年間、毎日甲子園の土を踏んでた。