サンパウロ州ピラール・ド・スル市にあるピラール・ド・スル日本語学校(武安洋(たけやす・ひろし)校長)では、新型コロナウイルスのパンデミック前は50人いた生徒が、感染対策によるオンライン授業等の影響で41人まで減少したという。
しかし、教師たちの指導と、父兄・生徒が連携した協力体制の成果もあり、校内でのコロナ感染を防いできた。同校の渡辺久洋(ひさひろ)教諭に、コロナ前後の授業の変化や対面式授業の大切さなどインタビューした。
同校は、同文化体育協会が創立した同じ年の1953年に開校。渡辺氏は2001年8月から日本語教師の活動を始め、今年で21年目になるという。今年11月半ば現在、4人の教師(渡辺氏を含む)が4歳~17歳の生徒41人を9クラスに分けて授業を実施。生徒の3分の1は非日系人だという。
◆家庭学習・オンライン授業の難しさ
新型コロナのパンデミック前は、月曜~金曜の平日に週5日の授業を行っていた。しかし、昨年3月以降、コロナの影響によりサンパウロ州の感染対策措置に従った上で家庭学習に切り替えた。
毎週月曜日に、父兄が生徒の1週間分のプリント日本語教材を学校に取りに来て、生徒たちは自宅で個人学習をすることになったという。
しかし、特に幼少年の生徒は一人で勉強することが難しく、父兄が日系人であっても家庭環境はすでにポルトガル語であるため、「日本語を教える」ことができない状況だった。
そうした影響も大きく、昨年2月に4歳~7歳ぐらいの生徒が10人ほど新たに入学して50人まで増えていた同校では、幼少年の生徒7人が授業について行けないことなどを理由に辞めていった。
2学期となる昨年8月からは、家庭学習に加えてオンライン授業を低学年は週に1、2日、5年生(13歳)以上の高学年には週に3、4日実施した。結局、昨年は対面式の授業は一切できなかったそうだ。
オンライン授業も幼少年は父兄らが準備・手伝いをしないとコンピューター操作ができない、またネット環境が安定せず良くないという状況もあり、父兄たちからは対面式授業の要望が高まっていたようだ。
◆対面式授業を再開
そうした中、今年の2月の新学期からようやく対面式の授業を週3回のみ再開。サンパウロ州の感染対策措置に合わせて、教室内のソーシャル・ディスタンスを取り、コロナ前までは最大1クラスに12~14人いた生徒を、多くて5、6人に縮小した。
生徒はマスク着用、登校時の検温、教室入口にはアルコールジェルを設置し、教室に入る際は手の消毒を義務化。クラス内で共有していた辞書を各自に貸し出した。また、くしゃみをする時は下を向き両手で口を覆わせ、その都度アルコールで両手を消毒させた。
さらに、下校する前に生徒たち各自が、自分たちの机とイスをアルコールスプレーで拭かせることも指導してきたという。
他にも、午前中ブラジル学校に通った生徒は、シャワーを浴び、服を着替えてから登校する。父兄は家で子供に体調を聞くなどして日々体調の変化に意識を払い、調子が良くなければ休ませて学校に連絡したりするなど、家庭にも協力を要請した。
渡辺氏は、「生徒たちに自分でコロナ対策を意識してやってもらうことが大切で、最初のうちはコロナに対する恐怖心もあったようですが、少しずつその恐怖心も取れてきました。しかし、コロナへの慣れが緩みにつながることも怖いため、生徒や父兄には常に学校側から注意喚起を行っています」とコロナに対する気の緩みを警戒している。
◆元通りの週5回授業に
今年5月からは対面式授業を週4回に増やしたが、それでもカリキュラムが足りないため、8月からは全クラスで週5回の対面式授業に戻し、約1年半ぶりに通常通りの授業に戻った。
また、昨年はコロナの影響でまったく実施できなかった体育の授業も、今年2月から週1時間再開し、今年8月からは週2時間行えるようになった。再開当初、生徒たちは体力が落ちており、マスク着用での運動による酸欠等を危惧していたという。
しかし、当初の軽いジョギングや体操・ストレッチといった内容から徐々に負荷をあげていった結果、生徒たちの体力や運動能力も回復していき、現在ではマスク着用のままでも全力ダッシュを伴う運動ができるようになった。
渡辺氏は「日本語の勉強は後で取り返しがつきますが、子供の時期の生徒たちの身体の成長を(体育の授業ができなかったことで)昨年1年間は棒に振ってしまった状態でした。これ以上『体育』をおろそかにすると、今後の人生の健康・肉体にとって取り返しがつかなくなる事態になりかねず、『体育』の授業は何としてもやりたいと思っていました。今は生徒たちの体力も戻り、休み時間には広いグランド全体を使った鬼ごっこをしたりして、元気に遊んでいます」と通常通りの授業に戻せたことを喜ぶ。
◆父兄からのコロナ感染
徹底した新型コロナ対策を実践してきた同校だが、今年3月か4月頃には、ある低学年の生徒の父兄にコロナの陽性反応が判明。その時点で生徒には症状が無かったものの、生徒の検査結果が分かるまでの2週間、自主的に日本語学校を休むという連絡があったという。
その後、家族も回復したことで、幸いにも大事には至らず、その生徒も現在は通常通り、元気に学校に通っているそうだ。
◆『学校だより』でコロナ対策
同校では2011年から毎月、生徒たちの家庭への連絡や、日本語学校で行う教育のより深い理解を目的にした6ページに及ぶ『学校便り』を日ポ両語で発行している。
特に、今年の2月号、3月号にはコロナ対策のリストを書き出して配布。その成果もあり、パンデミック以降の学校側のコロナ対策についても父兄たちは協力的で、学校側では感謝の気持ちを表している。
また、渡辺氏は今年8月以降に通常通りの授業体制に戻った後も、毎週金曜日の授業が始まる前の「朝礼」のような形で「もし、自分一人でも感染したら、友達やその家族を危険にさらすことになるし、毎日楽しく通っている日本語学校も2週間は休校になってしまうんだよ」などと、生徒たちに機を見て注意を促している。
◆コロナ禍で日本語教育を見直し
新型コロナの今後について渡辺氏は、「ワクチン接種をすれば重症化を大きく防げることが実証されており、飲み薬の開発も進んでいて、昨年のように処置法がない状況とは異なるので、来年以降については過度の心配はしていません」と話す。
さらに、コロナ禍で制限された日本語教育についても、「コロナ前は目の前に山積している業務を何とかこなすことに必死の日々でした。でも、コロナの影響によってもう一回、日本語教育の仕方を見直すことができ、各授業の価値も再認識することができました」と、メリットがあったことも付け加える。
同校では、コロナ禍の中で特に漢字や文法など「2年生」が年間に学習する教育カリキュラム内容が多いと判断し、「2年生B」と「2年生A」に区別。これまで1年間で学習していた「2年生」のカリキュラムを、2年かけて学習する方向に変換した。
そのほか、JICA(国際協力機構)からの助成により、同校に4つある各教室に寄贈された大型テレビとパソコンをそれぞれ設置したことにより、コンピューター教材を使用した授業も取り入れるようになったそうだ。
◆対面式授業の重要性
しかし、それでも渡辺氏は、特に幼少期の生徒への日本語教育は「対面式であるべき」との思いを強く抱いている。「コロナ禍によるオンライン授業は選択肢が増え、教師・学習者ともにメリットの方が大きいかもしれませんが、子供学習者への教育を行う日本語学校にとってはマイナスの方が圧倒的に大きいです。子供たちは対面授業を行うことによって、より効果的な日本語習得、心理面や肉体面での健全な成長、そして社会の一員として生きていく上で大切な協調性や団体行動や周りへの配慮、感謝といった様々な面での人間性の教育により大きな効果をもたらすことができます」と、その大切さを強調している。