「ジョージ、身体の調子は?」
「この通り、アザが残っただけだ」
「良かったですね早く治って・・・」中嶋和尚はそう言いながら昨夜作った『聖正堂阿弥陀尼院』のお位牌を広い会議机の真ん中に置いた。
「早速だが、これから田口さんの願いをどう解決するか検討しましょう。中嶋和尚なにか?」
「彼女は『地蔵』さんに頼りきっていましたね。それに、『地蔵』さんのお供の方の事を言っていましたが・・・、それが誰なのか・・・?」
古川記者が取材ノートとペンを構えて、
「どうして、地蔵さんの事を言っていたのですかね。中嶋和尚、その地蔵の事について少し説明をしてくれませんか」
「幼い時から親しみのある仏さまで、お『地蔵』さまは『菩薩』です。元は古代インドの大地の神で、お『釈迦』さまが入滅されてから五十数億年後に『弥勒菩薩』(みろくぼさつ)さんが『弥勒如来』(みろくにょらい)さまとなって現れるまでの無仏時代を責任持ってお守りなされる方です」
「五十数億年間の責任者ですか!」
「『地蔵』さんはどの世界も飛び回って忙しく活躍され、『聖正堂阿弥陀尼院』さんが行かれたあの世にも我々の世にも現れるのです。それに、今回、『聖正堂阿弥陀尼院』さんみたいに非業(ひごう)の死を遂げられ、この世に宿業(しゅくごう)を残した魂の面倒をもみてくれるのです」
「ブラジルには来られているのでしょうか」
「お『地蔵』さんは一番身近な仏さまですから、きっと・・・。ただ、ブラジルには街角にお『地蔵』さんの像がなく、お出にくいと思いますが」
古川記者が、メモ帳を構え直して、
「『地蔵』さんの石像は、サンパウロのほとんどの寺の境内にありますよ。で、さっきの『ひごう』の死について、少し説明してくれませんか」
「この世でする宿業を果す前に、予期なく死ぬ事を非業の死と云います」
「『しゅくごう』とは宿命ですか?」
「前世の行いで決まっていた運命と云ったらいいでしょうか」
「彼女の様な場合は、殺された事で宿業を残して、迷うわけです」
「ですが、彼女は、我々に森口の件を託した事で未練を残さず、あの世に向っていますよ」
「彼女は幽霊が嫌いでしたからね。これで彼女は無事に・・・」
「ですが、死者として霊界で正式登録されてから、四十九日の法要までまだたくさんの関門があります。これから、ふたなのか;二七日の十四日目には『初江(しょこう)大王』によって裁かれて三途の川を渡り、三七日(みなのか)の二十一日目に『宋帝大王』に裁かれ、四七日(よなのか)に『五官(ごくわん)大王』に生前の罪の重さを計られ、五七日(ごなのか)には『閻魔大王』裁判長自ら裁きます。この浄玻璃(じょうはり)と云う水晶の鏡に彼女の生前の行いが詳しく編集されて映し出され、それで、六七日(むなのか)で『変生(へんしょう)大王』が『五官大王』の秤りと『閻魔大王』の水晶モニターを見て再審査をし、七七日(ななのか)の四十九日目に『泰山(たいざん)大王』によって高等裁判所の判決が下ります。この日に、彼女のために追善供養して、仏さま達に弁護を頼めば無事に成仏出来ます」
「高等裁判所? すると、最高裁や簡易裁判所もあるのですか?」
「最高裁は『如来』さまや『菩薩』さんによる判決で、『大王』達が司るのが高等裁判所、それから『弁天』や『吉祥天』のような諸天が日常の小さないざこざや恋物語を解決するところが簡易裁判所とみていいでしょう。それで、この『閻魔大王』が司る高等裁判所の関門をスムーズに通るため、早く森口を逮捕して悪戯をあばき我々の世界の裁判にかける必要があります」
「『閻魔大王』とは『聖ペドロ』みたいな役割をするんだな」
「ジョージ、なんだそのサン・ペドロとは」
「カトリックのエンマダイオウだ」