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連載小説=日本の水が飲みたい=広橋勝造=(158)

「ジョージさん、不可視のエネルギーと無煙のエネルギーの後押しがあれば危険性が弱まり、効果も増しますが・・・、残念ながら今のエネルギー量ではとても無理です」
《先輩! 黒澤和尚が言う無煙と不可視のエネ;活気ルギー;精力とはなんですか?》
《無煙とは、清らかで汚れのない事と存じる。不可視とは我々の様な霊の活気精力源であろう》
《我々も清い心で参加して、不可視の存在価値を見せましょう》
《そう云う裏心があるようでは、清い心とは言えぬのだ》
「黒澤和尚、体外離脱や空中浮遊の体験はありませんか?」
「実践的な体験はありませんが、子供の頃、夢の中で、二、三度その様な体験をしています。それに、何回も、谷底に向かって飛ぶと云うか、落ちる夢をリアルに覚えています」
「殆どの人が体験します。私はこんな経験をしました。子供の頃、あれが欲しいと夢の中で思った物が、旅行から帰った父のお土産と同じでした。その事を父に話すと、驚く事に、父も旅先で同じ夢をみたそうです。父は偶然だと言いましたが・・・」
「中嶋和尚は小さい頃から無煙のエネルギーでの遠隔暗示の力をお持ちだったのですよ。力強い相棒です」
「黒澤さん、危険ですが『他神通』の術をやりましょう」
「やります! やりましょう!」
「ジョージさん、拘束と云っても、具体的にどうすればいいのですか?」
「森口をサンタマーロ留置所の、いや・・・サンパウロ日本領事館の・・・、西領事の所へ自首させるんです」
「祭壇に奉る為に、事の事情をメモした紙がほしいのですが」
ジョージは、傍で取材メモしている古川記者に、
「古川、その取材ノートを貸してくれ」
「これは命よりも大事な・・・」
「俺の命令に逆らうのか?」
「畜生!」取材ノートをボールペンごとジョージに押しやった。
 ジョージは必要のないボールペンを返すと、中嶋和尚に渡し、
「古川記者は取材気狂いで、つまらない事まで書きますが、書き落としがありません」
 中嶋和尚は古川記者の取材ノートを本堂の祭壇に捧げ、短いお祈りをすると、ノートに祈祷火を点け線香立てよりも大きな器の護摩炉(ごまろ)に投げ入れた。
「やめてくれ~!」古川記者の悲壮な叫び声に合わせて護摩炉から大きな炎が立ちのぼった。
 中嶋和尚は黒澤和尚に代って『金剛頂経』のジャバラ状の経典をめくり、読み始めた。
 黒澤和尚はモンゴルの放牧民族特有の、高低の声が同時に出るあの魚市場のセリ声で、密教の極意の呪文を始めた。
《あれは? 先輩》
《あれは、己が知らぬ密教特有の祈りと存じる》
《密教と仏教とは違うのでござんすか?》
《密教は仏教の大事な一部を担っておる。それは、仏教の教えを邪魔する魔神や悪魔を追払う事じゃ。その目的で『大日如来』を教主として生まれたのが密教と存ずる》
《へぇー、ほんとでござんすか? 村山先輩》
《拙者が理解した範囲ではそう申せる。仏教を顕教(けんきょう)と呼び、全部経典に明記されておるが、密教は字の如く秘密の教えであり、それに携わる者だけが得る極意で、悪と闘う役割を担い申す。クリスト教でも同じ様に祈祷専門の牧師がいると聞いておる。なんで拙者を疑っておるのだ》
《いえ、別に疑ってはおりませんが、・・・どーも、そのー》
 小川羅衆は村山羅衆の話しに疑いの態度を隠せなかった。