ホーム | ブラジル国内ニュース(アーカイブ) | サルネイが遂に政界引退=アマパー上議選出馬せず=大統領含め政治人生60年=近年は不支持も高まり

サルネイが遂に政界引退=アマパー上議選出馬せず=大統領含め政治人生60年=近年は不支持も高まり

 1985~89年に大統領もつとめたブラジル政治界の大物、アマパー州選出のジョゼ・サルネイ上院議員(84、民主運動党・PMDB)が23日、10月の上議選不出馬を正式に発表し、実質上、60年に及んだ政治活動から引退することとなった。24日付伯字紙が報じている。

 サルネイ氏は23日、PMDBのアマパー州支部長のジウヴァン・ボルジェス元上議に「今日、ジウマ大統領とも話したが、状況は非常に困難だ。上議選には出馬しない」と語った。また、サルネイ一家と繋がりが深いマラニョン州のガストン・ヴィエイラ下議も、サルネイ氏から出馬断念の意向を知らされた。
 同日夕方にはサルネイ氏の事務所から書面により、「上議選に出馬しない意向は先週のうちにPMDBにも伝えた。ほぼ60年に及ぶ政治人生の幕を閉じるときが来た」との発表もあった。
 1930年にマラニョン州で生まれたサルネイ氏は、66~71年に同州知事をつとめた。所属政党は軍政支持の国家革新同盟(ARENA)~社会民主党(PDS)だったが、85年の大統領選時の同党の内紛の際に民政復帰派に移った。タンクレード・ネーヴェス氏が大統領選に当選した際は副候補だったが、タンクレード氏急逝に伴い、大統領に就任した。任期中は88年の新憲法制定などの業績もあったが、クルザード・プランの失敗でハイパー・インフレを招いた。
 90年からはマラニョン州の隣のアマパー州の上院議員に転じ、現在まで6期連続でつとめている。09年からの4年間は上院議長もつとめた。長女のロゼアナ氏は2009年よりマラニョン州知事をつとめている。
 ロゼアナ氏は「父はアマパーに行くたびに困難に直面している」と語っており、ミーニャ・カーザ、ミーニャ・ヴィダの家の受け渡しが行なわれた23日も、ジウマ大統領が同氏を壇上に招いたときと同氏の名前を呼んだときの計5回、会場から罵声を浴びた。今回の引退には家族の薦めもあったが、本人は不出馬の理由を、マラニョン州サンルイスで療養中の妻マルリ氏のそばにいるためと説明している。
 このところサルネイ氏への風当たりは強まっており、アマパー州の上議選に関する世論調査でも同氏への拒絶率が過去になく高くなっている。今回の選挙ではアマパー州知事や州都のマカパー市長の支持を得ることができていないことも、同氏が引退を決めた大きな理由と見られている。
 ボルジェスPMDBアマパー支部長や、サルネイ氏の後任上院議長のレナン・カリェイロス氏は出馬期限の今月30日までサルネイ氏の翻意を待ちたいとしている。
 ロゼアネ氏もサルネイ氏同様、マラニョン州知事選再出馬の意向がないため、約50年にわたりマラニョン州で続いたサルネイ一族による政治支配の歴史には終止符が打たれる。今年の統一選への出馬は、ロゼアネ氏の弟のサルネイ・フィーリョ上議とマラニョン州議員を目指す孫のアドリアーノ氏のみの予定だ。