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癒し系書家の壮烈な人生

 「つまづいたっていいじゃないか/にんげんだもの」などの心に残る一言をしたためた日めくりが、居間などによく飾られている。コロニアでも人気の高い有名な書家・相田みつを(1924―91、栃木)の作品だ▼この5月が彼の生誕90周年で、週刊新潮が特集を組んだ。平易な詩を独特の素朴な書体でつづる作風から、どことなく〃癒し系〃の人物を想像していた▼でも、実は兄2人が戦死して嘆き悲しんだ実母が〃発狂〃状態となったとか、生活協同組合に務めていた時、幹部の資金着服に気付き告発したら、逆にヤクザ3人を差し向けられて全身打撲を負い、数年間も入退院を繰り返す暗い青春時代を送ったのだとか。壮烈な人生経験ゆえに、逆にあのような作風が生まれた―と書かれており驚かされた▼長男一人さんは《母は父のことを〃友達ならこんなにステキな友達はいないけど、亭主として考えれば、こんなに生活力のない人もいない〃といっていました。父にとって書が第一、家族は二の次、三の次》と記事中で語っている。父は《明日の米を心配するのはまだよいほうで、常に今日の米の心配をしていた》というから凄まじい▼皮肉なことに、大ヒットした詩集『にんげんだもの』(1984年)が上梓された頃から《納得いく書は1点もない》が口癖となり、作品を売りたがらなくなったとか。野田佳彦前総理が自分を「どじょう」に譬えたのも、みつをの作品「どじょうがさ/金魚のまね/することねん/だよなあ」からの引用だったのは有名だ▼コロニア書家や絵手紙作家の皆さんも、ぜひ移民ならではの一言を後世に残してほしい。(深)