ニッケイ新聞 2012年1月21日付け
「弘法も筆の誤り」という。天皇に応天門の扁額に揮毫を依頼された弘法大師が、墨痕鮮やかに認めたのだが、応の一番上の点を書き忘れてしまった。大師は、掲げられた額を取り下げないで墨をたっぷりと染み込ませた筆を投げつけ誤字を直したそうだ。嵯峨天皇、橘逸勢と共に三筆のひとりであるし、中国への留学時代には五筆和尚といわれた能筆家が、字を書き損ねるとは信じ難いし、この伝説は疑わしい▼弘法大師は筆を投げて解決したけれども—イタリアの豪華客船の座礁は、どうもおかしい。1912年4月14日の処女航海に出港した英国のタイタニック号は、氷山に衝突し1517人の乗客らが死亡した。今、話のタネになっているコスタ・コンコルディア号の遭難で助かった姉弟の伯父も乗員として亡くなった、これを現地のマスコミが取材し話題になっている▼あの悲惨な海難から100年を迎えるが、その直前にコ・コンコルディア号は浅瀬に乗り上げ横転し、ぶざまな格好を曝け出している。こちらは乗客乗員4200人であり、トン数も11万余とタイタニック号の倍以上も大きい。それなのに総指揮官であるフランチェスコ船長は、給仕長にジリオ島を見せるために岸から150メートルまで接近し岩礁にぶっつけたのだから—酷い。この阿呆の三杯汁を当局は拘留したけれども、死者も損害も戻りはしない▼しかも、乗客よりも先に避難したのだから何とも情ない。大きな客船や戦艦の船長と司令官は、乗客と兵士らを救命ボートで避難させ、沈没のときには船と共に沈むのが海の男の美学なのに—船長がわれ先に逃げるとは—。(遯)