ニッケイ新聞 2012年3月1日付け
いわゆる自由渡航者であるコラム子が帰国を思い立つ「温泉に入りたい」「美味しいものを食べたい」などといった低俗な理由とは違って、長くこちらに住んでいる人の帰国への思いは様々なものがある。「孫が連れて行ってくれと…」と下がった目尻や、「息子に先祖の墓参りをさせたい」と決した眦を何度か見た▼ルーツを忘れないで欲しい、という子孫への願いであり、その確認作業に立会いたいという思いだろう。先月24日、遊園地の落下事故で死亡した西村ガブリエラちゃんは、犯罪や貧困といった一般的な日本人が持つブラジル観しか持っていなかったという。生まれ育った日本で14歳まで育ち、前回の一時帰国は5歳の時。中身は完全に日本人の中学生だ▼両親は、帰国を考えていたという。デカセギとして働きながら〃祖国〃を好きになって欲しいという気持ちを強くしたことは想像に難くない。ガブリエラさんの将来の夢はジャーナリストだった。今回のブラジル訪問が彼女のものの見方に多面性を与えてくれれば、という親の麗しい期待もあっただろう▼日本を知る日系人はブラジルを褒めていう。「ブラジル人は融通が利き、大らかだ」。言い換えればいい加減さであり、身勝手さである。今回の事故は、両親が見せたかったブラジルの、悪い部分が完全に出てしまった。安全装置がないにも関わらず、係員は「問題ない」といい加減に対応した。長く日本に住んだ両親が首を傾げるように、遊園地は事故翌日も通常営業した。娘を亡くした悲しみと共に、責任逃れの身勝手さと戦わなければいけない家族の長い道のりを考えると、苦さが残る。(剛)