ニッケイ新聞 2012年7月3日付け
「あなたの年金が消えていませんか?」—市村社会保険労務士事務所(東京都板橋区)の市村靖治所長(49、東京)が、デカセギ経験のある日系人に警告を発している。被害者のMさんは群馬県太田市在住の50代の日系男性で、同市内でA社に直接雇用され、健康保険と厚生年金の本人負担分を3年間毎月払っていたが、最近調べたところ、実はA社が加入手続きを怠っていたことが分かった。市村所長は「犯罪的行為だ」と断罪し、ブラジル在住日系人にも注意を呼びかけている。
今年3月に日伯社会保障協定が発効したため、帰伯予定の日系人Mさんが4月、市村所長の事務所に年金通算の相談に訪れた。Mさんは12年前、太田市のA社に直接雇用され、健康保険と厚生年金の加入手続きを行ない、3年間毎月、本人負担分である約2万円を会社に支払っていた。同社が残り半額の雇用主負担分と合わせて国に納めているはずだった。
ところが、市村所長が日本年金機構と健康保険組合に照会した所、健康保険には加入していたが厚生年金には一切加入の形跡がないことが明らかになった。
市村さんは1年半程前から、在日ブラジル人向けの雑誌に広告を出したりポ語サイトを設けたりと、啓蒙活動に積極的に取り組み相談に応じてきた。しかし「今回のような事例は初めて」と戸惑う。
A社は子会社も含め従業員500人程度の中堅企業で、当時はMさんも含め約30人の日系ブラジル人が働いていた。Mさんが3年間で支払った総額は約150万円。雇用主負担分の支払いを嫌って、加入したふりをして本人分まで着服していたようだ。市村所長は「12年分の遅延利息と罰金を含めたら、30人分なら5千万円を軽く超える」と見ている。
ただし、厚生年金の場合、未納分を遡って納められるのは過去2年分までで、Mさんのケースはもう時効・・・。「これじゃあ犯罪が2年で時効になるのと同じ」と疑問を投げかける。
会社側には厚生年金と健康保険、両方への加入義務がある。にも関らず、一方だけに加入という状況が生じたのは何故か。市村所長は「今は健康保険と厚生年金の申請用紙が一体になっているが、昔は別々だった。だから片方だけ入れた。A社の行為は悪意を感じる犯罪的なもの」と説明する。
通常、定年退職後など、受給が目前にならなければ年金の加入状況を調べようとはしないため、発覚が遅れてしまう。退社後、時間が経過すればするほど証拠を揃えることも容易ではなくなる。
会社の従業員台帳のデータ保持義務は5年間だ。中規模以上の会社は組合管掌健康保険(組合健保)と呼ばれる独自の健康保険を運営している場合があり、証拠書類を抹消することも可能といわれ、立証責任は本人の肩に重く圧しかかる。
Mさんの場合は、厚生年金の未加入照会と健康保険の被保険者資格証明書という証拠が揃い、第三者委員会に提訴できる状態となった。「訴えれば90%の確率で勝てる。でも提訴すれば、今働いているブラジル人労働者が首を切られる可能性がある」との懸念から踏みとどまっている。
更に、市村所長は在日ブラジル人ら被保険者側の年金に対する無知さ加減にも警鐘を鳴らす。Mさん自身も年金手帳がないことに疑問を抱かず、脱退一時金制度の存在すら知らなかった。協定が発効した今、年金加入状況を調べる人の増加と共に、同様の事例が続出すると見ている。同所長は「危機意識を持って調べましょう。未加入と分かったら、まず大使館か領事館に相談を」とブラジル在住者にも注意を呼びかけている。
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市村所長はメール(jeffbeck0225@yahoo.co.jp)、電話(81(日本)・3(東京)・5920・8956)での相談を受け付けており、事務所の日本語サイトwww.ichimura-sr.com、prsn-brasil.jimdo.com(ポ語)もある。