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新年のブラジル政治を占う=飢餓ゼロから総中流化へ=PT第3期政権スタート

特集 2010年新年号

ニッケイ新聞 2011年1月1日付け

 2002年統一選で当選を果たしたルーラ大統領の選挙公約の一つだった〃フォーメゼロ〃(飢餓ゼロ)。どうやって実現するのか、と世界の注目を集めた労働者党(PT)政権は、生活扶助(ボウサ・ファミリア)拡大などで高支持率を維持したまま、ジウマ・ロウセフ次期大統領の掲げる〃国民総中流化〃という、これまた大きな目標に向かって第3期政権をスタートさせる。

 2010年統一選で、自らが選んだ後継者当選という過去の大統領が一人として果たせなかった夢を実現させた後、花道を飾って退陣するルーラ大統領。その後継者ジウマ氏は、初の女性大統領として様々な課題に直面しながら、国民総中流化=貧困者ゼロを優先目標とした政権を発足させる。

華々しきかなPT政権

 確かにルーラ政権は、09年11月14日付エコノミスト誌が、ドル換算の最低賃金は78ドルから210ドルに向上、国際通貨基金(IMF)の借金返済、外貨準備は1850億ドルの赤字から1600億ドルの黒字に転換と書きたてたように、ある意味目覚しい数字を残した。
 さらに生活扶助や経済活性化計画(PAC)などの導入で国民の気持ちを引き付け、その業績が目立つようにも仕向けてきた。
 統一選の最中、バスで誰それに投票してくれと金や品物を配れば選挙法違反だが、ボウサ・ファミリアの名の下、公金で選挙民の心を掴み、ジウマ氏優位に導いたルーラ大統領のやり方は選挙違反ではないのかとの話が出た事がある。
 PACで建てた住宅のあるリオのファヴェーラ住民は「ルーラの指名なら犬にだって投票する」と言ったが、生活扶助やPACを自分達に適用してくれたルーラやPT政権への期待が、ジウマ氏支持率に繋がった事は想像に難くない。
 ただ、選挙戦当時、ネット上でも流されたエコノミスト誌の比較は、経済的な大打撃後、再建途上だったブラジルと、カルドーゾ政権がある程度基礎を築いた後にバトンを受取ったルーラ政権を、同じ土俵で論じるという無茶をやっていると認識していた選挙民がどれだけいたか。
 また、華々しい名前で期待させたPACが、実際にはインフラ整備よりも、目に見えやすい住宅購入資金などに大金を投じていた事を示す報告が出た事をどれだけの人が知っているのか。

半分だけのPAC

 13日付エスタード紙の論説の一つはPACに関するもので、インフラ関連で最高額を投じた高速道路整備が429億レアル、最少額の空港整備は2億8190万レアルの投資で、石油開発や天然ガス開発費の571億レアルは住宅関連費の2169億レアルの26・3%との数字に加え、PAC予算の68%にあたる4440億レアルの支出済み経費の48%に相当する2169億レアルは住宅関連〃融資〃だったとの記述。
 最初の売り物だったインフラ整備の呼び声は、〃ミーニャ・カーザ、ミーニャ・ヴィダ〃政策に食われたとの印象さえ湧く報告を見ると、W杯やリオ五輪までに高速鉄道や空港整備との呼び声は実現可能かとの懸念が頭をもたげてくる。

実現困難な飢餓ゼロ

 話を飢餓ゼロに戻すなら、11月27日付伯字紙は、04年から09年の5年で、食糧難ともいえるレベルの人は370万人減ったが、それでも同レベルの人は1120万人も居ると報じた。同期間中の人口増加率5・5%に対し同レベルの人は24・8%減ったとの報告は喜ぶべきものだが、これらの人々の大半は黒人、混血系など、社会格差が色濃く残る事を如実に示す数字も出てくる。
 また、次期政権は従来の政権にないほど多額の負債を抱え、緊縮財政を余儀なくされた政権と知ると、これらの人々を今の状態から脱却させるにはこれまで以上の資金が必要との言葉も重い。
 マンテガ財相が、2011年以降に始まるPAC事業は延期かペースを落とす必要があると発言した直後、ルーラ大統領は延期などとんでもないと反論をぶち上げたが、マンテガ財相ははっきりとペースダウンは避け得ないと発言。〃PACの母〃の称号を与えたジウマ氏の新政権発足にマイナスイメージを与えたくないのはわかるが、現実的に足を引っぱる状況を作ったのはルーラ政権だと知るべきだろう。

現実を直視するならば

 国内の社会格差は人間開発指数トップのアイルランドと第3世界ほど大きく、ベルギー並みの国民総生産(GDP)を持ちながら、一人当たりのGDPはインド並みで、〃ベリンジア〃と呼ばれた事さえある。
 12日付フォーリャ紙では、1999年から2020年までのD、Eクラスの家庭数はほとんど変らない。2009年から20年にかけての収入増はCクラスが72・95%伸びると見込まれ、Dクラスは13・24%増、Eクラスも12・88%増で終わるという予測記事が出た。
 全家庭では、09年に33・3%だったCクラスが41・4%に増え、D、Eクラスは27・8%と22・5%から、22・1%と16・9%に減少する見込みというが、それでも〃国民総中流化〃には程遠い。
 貧困からの脱却には、雇用提供と共にチャンスを掴むための基礎学力や情報収集力が不可欠だ。でも09年の国際学力調査の結果、15歳の学生の学力は依然として世界でも低水準という現実を前に、幼少時からの教育のあり方を根本的に見直す事も必要だ。
 同調査の結果から、教育改革のために投じられた公的資金額よりも、各家庭の経済力の方が学力に及ぼす影響が大きかったとの分析もあり、経済力の底上げは学力向上にも不可欠だ。貧困家庭は生活のために勉学を後回しにする傾向があるのに加え、生活扶助受給で労働意欲や学習意欲を失い、不学不労の青年増加という事態の改善も必要だ。
 ルーラ大統領は選挙公約だった飢餓ゼロを完遂出来ないまま退陣するが、次期大統領がそれに続く国民総中流化を本気で実現するつもりなら、これまで以上のきめ細かさで、基礎教育改革や貧困層を中心とした国民の動機付けを行い、常に機会を提供する政策展開の必要がある。
 軍政下の迫害も経験した女性として、イラン女性を巡る国連決議でのブラジルのあり方を批判し、欧米諸国から拍手喝采を浴びた次期大統領は、有能な実務派で早く結果を見たいタイプという。組閣にもルーラ色が出ており、ひとり立ちできるかといった声が聞かれた事もあったが、PT第3期政権として、前政権の良いところを残しつつジウマ色を出し、かつ許された財源、人脈を有効に用いた地道な政策を展開できるかを見守りたいところだ。(み)