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36年目にして孫発見=「5月広場の祖母」夢叶う=今も約400人が消息不明

 アルゼンチンでの軍政下に行方不明となった孫を捜す「5月広場の祖母達」のリーダーのエステラ・カルロットさん(83)が5日、孫のギド・カルロットさん(戸籍上はイナシオ・ウルバンさん)を発見と発表し、アルゼンチン中が喜びの波に包まれたと6日付ブラジルメディアが報じた。
 「5月広場の祖母達」は、「5月広場の母達」同様、1976~83年の軍政時代に政治犯として逮捕された女性が産んだ子供や親と一緒に誘拐された子供の行方を探す女性達の団体で、2011年にユネスコ平和賞を受賞。ノーベル平和賞候補にもなっている。
 エステラさんの娘のラウラ・デ・カルロットさんは、妊娠2カ月半だった1977年11月に軍によって誘拐された。恋人のヴァウミス・オスカルさんも同じ時期に誘拐され、拷問などを受けた後、77年12月にラウラさんの目の前で処刑されたという。
 ラウラさんは囚われの身のまま、1978年6年26日にブエノスアイレスの軍病院で男の子を産んだ。生まれたばかりの男児は数時間後に母親の手から取り去られ、消息不明となった。ラウラさんは2カ月後の8月25日に銃殺された。遺族の懇願によって引き渡された遺体の顔は小銃で叩き潰され、腹部には弾が貫通した痕があった。
 当時の指揮官のギレルモ・スアレス将軍はその後、政治犯43人の殺害や乳幼児23人の誘拐の罪で有罪判決を受けたが、実際には200人以上の子供の誘拐に関与したとされている。軍政下で行方不明となった子供は500人という。
 これらの子供の行方を捜しているのが「5月広場の女達」で、祖母のグループ創立者の一人のエステラさんは同国で最も知られる女性の一人だ。
 エステラさんの孫はブエノスアイレス県南部の農家に引き取られ、成長後は作曲家、ピアニストとして活躍。自分の素性に疑問を感じていた時、「5月広場の祖母達」がW杯直前に亜国代表チームの選手達と行ったキャンペーンを見て、DNA鑑定を受けに来た。
 鑑定の結果、イナシオさんはラウラさんの子供に間違いないと知らされたエステラさんは早速、喜びの報告を行ったが、「5月広場の祖母達」の事務所に入りきらない人達が周辺の店に溢れ、クリスチーナ・キルチネル大統領も祝福の言葉をつげた後、電話口で泣いたという。
 イナシオさんは身元が判明した114人目の行方不明者だ。父方の祖母となるオルテンシア・アルドゥアさん(91)やエステラさんは、36年間捜し続けた孫に1日も早く会えるよう願う一方で、今も消息が知れない約400人の子供達の事を案じている。