ニッケイ新聞 2011年3月15日付け
「女川にいる家族を探して下さい!」。13日(日)午前、そんな悲痛な声がサンパウロ市のブラジル宮城県人会館にこだました。折りしも福島原発に続いて女川原発からの放射能漏れの疑いもあるとの報道が流れる中、サンパウロ市にいる留守家族は必死の思いで、東北大地震の被災地に住む息子や娘の安否を確認すべく走り回っている。地震が発生した11日(金)以来、毎日アチバイアから会館に来て母県との通信、ブラジルメディアの対応などにてんてこ舞いしている中沢宏一会長は、「一番被害が酷かったところの一つ気仙沼に僕の兄姉もみな住んでおり、いまだに連絡取れない。みなさんお気持ちよく分ります」と答え、黙々と名前や住所を確認していた。
13日午前10時、宮城県人会館前には日系家族4人が詰めかけていた。記者が声をかけると「女川に家族がいるんです。何とか安否を確認できないでしょうか」と切羽詰った表情で答えた。三陸海岸の南端に位置する宮城県女川町で水産関係の企業で、息子や娘がデカセギしているという。
「女川町の公園にいたら大きな地震に襲われた夢を見て、驚いて飛び起きてテレビをつけたら——正夢でした」。サンパウロ市在住の花城まさえさん(71、二世)の娘ロゼリさんは、92年から宮城県女川町の水産加工会社で働いている。
まさえさんは孫の世話に女川町の同じアパートで10年間同居し、昨年4月に息子のエジソン光男さん(38、三世)と共に帰伯したばかり。まさえさんは「あのアパートから海まで歩いて2〜3分の距離でした。海の匂いがすごく強くするところ」と説明する。
最後にロゼリさんと連絡をとったのはカーニバルの時で、「明日も天気予想は雪だって言っていました」とまさえさんは語り、避難生活の困難さに想いを馳せた。
17年間もその町で水産会社で働いていたエジソンさんも「今もあの町だけで15人はブラジル人がいるはず。仙台市内には800人、全県なら1千人はいたはず」と証言する。「電話、携帯、Eメールで連絡をとっているけど全然ダメ」。
まさえさんは「アパートのすぐそばにボンベイロ(消防署)があって、毎年避難訓練していました。きっと高台にある小学校にでも避難しているとも思います。ただ停電して電話が通じないだけだと・・・」と自らに言い聞かせるように言う。
ロゼリさんの夫ネルソンさんの母親、高志照子さん(67、二世)は「女川原発にも問題が起きたってニュースで聞いて、ついつい悪いことを想像しちゃって・・・。できるだけ良いように思っていないと」と繰り返す。「きっと子供たちは避難していて、私たちに連絡できないって逆に心配していると思います」と気丈に言う。
高志照子さんの娘マリさんは93年に女川町にデカセギに行き、地元の日本人・伊藤弘道(ひろみち)さんと結婚、娘のマリナさんが生まれ、待望の家を建てたところだった。
5人の件はすでに在京ブラジル総領事館の被災担当者宛てにメールで通知してある。
中沢会長は13日午前、「やっと今朝、県庁国際交流課と連絡が取れるようになった。全県で停電しているが、仙台市内には部分的に電気がもどったようだ」と状況を説明しつつ、「すぐに母県の関係者に連絡を入れ、安否を確認してもらいます」と留守家族に伝えた。会館にはグローボTV局の取材陣なども押し寄せ、盛んに取材していた。
行方不明のブラジル国籍者名 年齢 属性 住所 勤め先 ネルソン・コウイチ・高志 47 ロゼリさんと結婚。マリさんの実兄 女川町宮ガ崎字宮ガ崎66番ニッスイアパート2の2 YK水産 ロゼリ・ヒロコ・花城・高志 41 花城まさえさんの娘。ネルソンさんと結婚 女川町宮ガ崎字宮ガ崎66番ニッスイアパート2の3 スイシン ミシェリ・ユカ・高志 14 ロゼリさんとネルソンさんの子供 女川町宮ガ崎字宮ガ崎66番ニッスイアパート2の4 ヒルトン・トシアキ・与儀 約47 ロゼリさんのいとこ。同じアパートに同居 女川町宮ガ崎字宮ガ崎66番ニッスイアパート2の5 YK水産 マリ・アキコ・高志・伊藤 37 デカセギ中に女川町の日本人「伊藤弘道さん」と結婚。高志照子さんの娘。 女川町女川浜字女川302の1 マルイチ マリナ・高志・伊藤 10 マリさんと伊藤弘道さんの間に生まれた一人っ子 女川町女川浜字女川302の2