ニッケイ新聞 2011年12月13日付け
旧制1高の藤村操が「悠悠たる哉天壌 稜々たる哉古今(略)大なる悲観は大なる楽観に一致するを」の「巌頭之感」を華厳の瀧の傍らの大きな木を削り墨書し投身自殺した事件は、坪内逍遥や黒岩涙香らの知識人が多彩な論議を繰り広げ、若い学生らも藤村の知的な苦悩に共鳴し、華厳の瀧は「自殺の名所」になり、哲学青年らが詰め掛けた▼藤村の死後に—あの日光の瀧で自殺を試みた者は185名に上り(実際に死んだのは40名)これがまた話題になる。なぜ自殺に走ったのかについては失恋説もあるし、哲学の話もあり必ずしも定説はないようだが、1高の英語教師だった漱石に叱られたのが原因ともされる。藤村操17歳。今から100年以上も昔の明治36年5月22日の事件であった▼この自裁の話は今も学生らに語り継がれるけれども、近頃の日本は自殺天国になってしまい何とも恐ろしい。平成10年(1998年)から13年も連続して3万人超が自ら命を絶つのは、いかに何でも異常である。それも—一人で静かに死を選ぶのならともかく、知人でもないのにインターネットなどで連絡を取り車に乗って3人、4人が集団ガスというのは、もう不可解としか申しようがない▼国の調査によると、自殺者の約半数は、精神病院に通院していたそうだ。そして、原因は「鬱」が多い。ならば先進国も同じかと言えば、米や英独仏も減少傾向にあり、増えているのは日本だけとは情けない。どうも、簡単に死を選びすぎる。「巌頭之感」には遠いにしても、藤村操の胸底に少しは触れてからの死でも決して遅くはないのに—。(遯)