ニッケイ新聞 2010年1月9日付け
きょうは土曜日。のんびりと午睡を楽しみたいところだがトイレの話を少しばかり。邦字紙の読者は年歯を重ねているので籌木(ちゅうぎ)をご存知の方も多いと思う。掻木とも呼ぶし、地方の言葉では「すてぎ」や「くっつきぎ」とも。木や竹を短冊状に削ったもので平安時代から使われ始めたらしく明治時代、いや場所によっては昭和20年代にも大切な用具だったのである▼あの紫式部や清少納言らは,樋箱を使ったろうし、もしかすると朱漆塗りの木製短冊を愛用したかも知れないのである。寝殿造りに厠はないし、あの時代には落し紙もない。推理小説の短編や英単語を印刷したトイレットペーパーがあるわけもないし、天然自然に目を配り木と竹に着目した平安貴族らの知恵は真にもって面白い▼「雪隠」「手水」と多彩ながらー静かで暇なところの「閑所」は最大の傑作だし、今時に流行の英語や仏語で舌を噛みそうに言うよりはニッポン語が美しい。江戸の長屋では禅宗の寺に倣ったのか「後架」とし中々にいい名ながら入り口は下半分だけの腰戸だったし、上から覗けるとまあ粗末なものだが、江戸っ子らは、そんな細細した事は気にもせずにのびのびと暮らしたものらしい▼屎尿を畑に撒き有機肥料に着目したのは江戸の人々であり、これで野菜などの生産量は飛躍的に伸びたのも忘れまい。この糞尿は食べ物の影響が大きく武家屋敷が高く、長屋庶民は最低だったの記録があるそうだ。と、「少し」が「蛇足」ばかりになったけれども、1日に5―6回はお世話になる排泄の聖地を「閑所」に籠ってゆっくり、じっくりーとである。 (遯)