2010年1月16日付け
2009年は1929~30年の大恐慌以来といわれる大不況の年だった。世界の主要国では大童の政策動員にかかわらず、2010年を迎えたものの未だ本格的回復のめどは立っていない。
日本は1990年代のバブル崩壊後の不況から未だ完全に脱し得ていない状態で今回の危機に直面した。
金融システムは欧米の銀行のようにサブ・プライム証券の運用による損失は大きくなかったが、成長の原動力であった輸出が主要市場の消費減退のため急激に減少し、産業活動が全般的に縮小、失業が増大、株式市場は低迷を続けた。
この不況に加え、人口の急激な減少と高齢化とが根底にあって、資源のない貧しい小国にもかかわらず高度成長を続けて世界第2の経済大国にのし上がった往年のダイナミズムは望むべくもない。
2009年の成長率はマイナス、2010年も1、2%の小幅な成長に留まりそうである。
ブラジルはといえば、1990年代に自由化国際化を推進してハイパー・インフレと対外債務問題を克服して以来、BRICsと注目される好調な発展を続けていたところでの金融危機であった。
その影響は、第一に金融面について言えば、ブラジルの銀行システムは比較的健全な状態を維持できたし、株式市場も世界の低迷を尻目に高水準を保っている。最近では、外国資本の流入はむしろ増加して、レアル為替レートの高騰を防ぐためにこれを抑制する政策さえ採られている。
第二に実体経済では、国内消費は、所得水準の上昇と財政支援とで、自動車販売が昨年の高水準とならぶ300万台ペースと言われているように、底堅い。
輸出もその主要構成品目が資源関連や食料ということもあって、海外市場の不況の影響は深刻ではない。直接投資は外国資本も含め自動車や鉄鋼のような大型案件を始め続々と計画されている。失業率も主要都市圏で改善さえしている。今年は5%台の目覚しい成長に戻ると予想されている。
長期的には、インフラの整備、雇用の増大、所得格差の縮小等課題はあるが、民主化されて安定した政治、豊富な資源、食料、発展著しい工業、全体的な所得水準の向上による国内消費市場の拡大等、バランスの取れた成長を遂げて行くものと思われる。
このような日伯両国のこれからの関係はどうなるであろうか。
第一に、日伯関係には150万といわれる日系人の存在がいつも大きな柱となってきた。日系人は正直、勤勉、順法、教育熱心でブラジル社会の厚い信頼を得ていることは一昨年の移住百周年に当たってのブラジル国民の温かい祝賀ぶりで証明された。
経済関係は、ビジネス本位でいえば、安全で利益があれば貿易も企業進出も投融資も行われる。しかしブラジルとの関係では、日系社会の存在が常に日本当局や有力企業家の念頭にあって、しばしばビジネス本位を越えた決断の要因となっていた。それはこれからも続くであろう。
さらにヒトの繋がりでは、今後は約30万人の在日ブラジル人の存在を両国関係を左右する要素として考慮に入れて置かなくてはならない。
第二に、これまでブラジルは高度成長国ではあったが、インフレや債務不履行、相次ぐ異常な経済金融緊急政策等でビジネス環境の激変する国であった。しかし今回の世界経済危機を乗り切ったブラジルはもはや不安定な国ではない。
日本の企業は長期的ヴィジョンを持ってこの国との関係を地道に築いて行く時である。かって培った知識、経験を見直し、彼我の人脈を再構築して関係の密度を高める時が来ている。
第三に、文化交流の促進である。日系人が信頼された理由は移住した日本人が身につけていた生活態度や道徳観、つまり日本文化が理解され尊重されたからである。しかし放置すれば日本文化の痕跡は無くなるであろう。ブラジル人の信頼する日本と日本人のイメージを維持して行くためには日本文化の普及が次の重要な課題である。
第四に、ブラジルに対する特別な政治的配慮である。日伯関係には外交的懸案は殆どないため政治的配慮は重要ではないと考えられてきた節がある。しかしブラジルが世界の主要国の一つとなって発言力を増し、中国の進出も考えると、これまでのように経済交流一辺倒では日伯関係の密度は薄くなる。両国の世界戦略の一環として、日本とブラジルが国連の場で、環境保護のプロジェクトで、核兵器廃絶の主張等で常に強固な協力関係があるような状態になって欲しい。
不況から脱出し成長に転ずる契機としなければならない2010年こそ、日伯両国のより密度の高い関係がスタートする年になることを願ってやまない。
小林利郎(こばやし・としろう)
日本ブラジル中央協会常務理事、FIAL(イベリア&ラテンアメリカ・フォーラム)理事長、元東京銀行取締役ブラジル東京銀行頭取・会長、上野学園大学教授、公文教育研究会取締役。クルゼイロ・ド・スル・コメンダドール勲章受賞、サンパウロ名誉市民。76歳。
※この寄稿は(社)日本ブラジル中央協会の協力により実現しました。