一家残虐事件から20年=私は生き残ったイザベラ=「父が捕まってほしい」
ニッケイ新聞 2010年6月3日付け
「私は証言するために生かされたの」―。20年前ペルナンブーコ州で起こった父親が家族皆に銃を向け、妻を撃ち殺した一家残虐事件の裁判が、今やっと終息に向かって動き出している。5月30日、2日付伯字紙で取り上げられた。
事件は1989年4月4日、ペルナンブーコ州のグランデ・レシフェで起こった。マリステラ・フェレイラ・ジュストさん(当時25歳)は、すでに元夫ジョゼ・ラモス・ロペス・ネット氏と離婚して2年が経過していた。
マリステラさんが娘のナターリアさん(4)と息子のザルドさん(2)を連れて実家を訪れていた時に、夫婦仲を修復したいとジョゼ氏が訪ねてきた。息子達と遊ぶ様子は、全てが平和な日常の光景であるかのように見えた。
だが、「父が抱き上げたゼルドを降ろして立ち上がった次の瞬間、その手にはなぜか銃が光っていた」とナターリアさんは顔を引きつらせる。親戚一同を一室に集わせたジョゼ氏は、家族らに向けて銃を発砲した。
マリステラさんは4発を浴びて死亡。その弾は妻だけを狙ったものではなく、頭に一発を受けた幼いザルドさんは、生涯下半身不随という運命を背負うことになる。
母方の叔父にも命中したほか、1発はナターリアさんの右肩を貫いた。その傷跡のために、今でもナターリアさんの右腕には力がこもらない。
ジョゼ氏は事件後1年半拘留されたが、刑罰免除により釈放された。その後、20年間もの間法廷での抗争が繰り広げられてきた。裁判はジョゼ氏側の巧妙な弁護のためなかなか決着がつかず、現在までに5回の上訴が行われ、計36通の証言請願書が提出された。
今月1日に開かれた同州の法廷の中で最終的な逮捕令が通達されたが、当日の会場にジョゼ氏(47)とその弁護士は姿を現わさなかった。
ナターリアさん兄弟は祖父母の温かい庇護を受け、母は〃空の星ヴィーナスのような人〃だったと言い聞かされて育った。
悲惨な事件から20年が経ち、母マリステラさんが亡くなった年齢と同じ25歳を迎えた今、ナターリアさんは「私は生き残ったイザベラ(父親に殺害された5歳のイザベラ・ナルドニちゃん事件)」と伯メディアに事件の詳細を明かし、「望むのは父が逮捕され、行った重罪を償ってくれることだけ」と切なる思いを語っている。