ニッケイ新聞 2010年10月8日付け
【既報関連】「疑っていたのは、私の方か、神国日本の繁栄や日本民族の優越さを疑ったのはどちらだ・・・。穢れているのは、誰の心だー―」。臣聯の吉川順治理事長(退役陸軍大佐)を髣髴とさせる役回りの渡辺登役の奥田瑛二が、そう自問するシーンが見所の一つのようだ。来年4月に公開予定の、戦争直後に日系社会で起きた勝ち負け抗争を背景にしたブラジル映画『コラソンエス・スージョス』(直訳は「心の穢れた者たち」、国賊のこと)に農夫役で出演した金子謙一さん(75、横浜)から、撮影時のエピソードや映画の魅力を聞いてみた。
金子さんが演じた農夫マツダは、全財産を投げ売り、妻子を連れてサントス港で日本からの引き上げ船を待つ役だ。「彼は『勝ち組』でも『負け組』でもない。でも心のどこかで日本の勝利をかたくなに信じているんです」と演じた時の心中を述懐する。
「久しぶりに演技に全力投球できた。ブラジル映画で日本語を使い演技させてもらえることは、またとない機会だった」と金子さんは3カ月に及ぶ稽古、その後の撮影期間を振り返る。
「フェルナンド・モラエスの原作も知っていたが題名だけ見ればショックだった。日本人の心は穢れているのかと。でも内容は違った。これは愛の物語。夫婦の愛、そして国への愛がテーマであり、日本人の純正な内面を浮き彫りにした。まるでシェイクスピアを読んだ気持ちです」と語る。
冒頭に引用した奥田英二扮するコロネル・ワタナベの台詞が、その気持ちを表している。さらに「疑念を抱いていたものこそ、穢れた心をもつ国賊だ・・・」とも。
ヴィセンテ・アモリン監督については、「映画のほとんどが日本語。僕のポ語の台詞は1シーンのみ。監督は言葉が分からずとも、納得いかない時は『駄目なものは駄目』といって何度も取り直していました」とそのこだわりを明かす。稽古中、日本語版の台本も改訂を繰り返し、校正先の日本から何度も送られてきた。
高等学校時代から演劇にのめり込み、1960年に渡伯した後も画家の傍ら、山崎千津薫監督の映画『ガイジン』に俳優として初出演して以来、TV局のノベーラ、映画、映画『ガイジン2』等にも出演。ブラジルでの役者暦は30年になる。
金子さんは「この映画に出演して、私は人間の信念や理念が時代や環境の中で大きく揺れ動く儚さに、若いころの私の学生運動を重ねてみていました」との心情も吐露した。この役では、最後まで愛国心のあり方を自問自答する。
実際の勝ち負け抗争で夫を殺された女性、その子らと面識があるという金子さん。「熱血漢が狂気に走る、その陰で女子供が泣く。映画はドキュメンタリーではないが、事件の裏の大きなロマンス、じっと耐える日本人女性たちの心の葛藤、苦悩も主題の一つ。日本人とは何か深く考えさせられる映画。世界の注目を集めることになれば」とその国際的評価に期待を膨らませている。
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出演者の金子さんによれば映画「コラソンエス・スージョス」の撮影現場は和やかで良い雰囲気だったという。若手日系俳優も多く出演した同作。日本の俳優奥田英二さんは彼らの「兄貴的存在」であったという。役名の無かった彼らの一所懸命な演技への打ち込み方を見て、役者として扱うべきだと、共に役名を考える場面も。現場には「○○という名前をもらったんだ」と嬉しがる若手らの姿があったという。