ニッケイ新聞 2010年11月10日付け
イッペーの花がいっせいに散り、朝早く通った樹下の路上は、紫のカーペットを敷いたような美しい初夏の光景をみせている。サンパウロ市カルモ公園ではカサビ市長の号令の下、ブラジル桜イッペー連盟が1500本あった桜を、雪割桜中心に2倍に増やす作業を進めている。咲くのが待ち遠しい。一カ所に3千本となれば世界有数の桜の名所になることは間違いない▼米国ワシントンのポトマック河畔の桜並木は世界的に有名だ。笠戸丸の翌年1909年に当時の東京市長が贈ったソメイヨシノだが、最初の2千本の苗木に害虫が発生したため、1912年に改めて3100本を贈り直した。植樹式ではヘレン・タフト大統領夫人と珍田日本公使夫人が最初の1本を植えた▼そう、1897年に初代駐ブラジル公使として首都リオに派遣された珍田捨巳公使の妻だ。日露戦争後の講和条約締結交渉で小村寿太郎に適切な補佐をした功績などが認められて1911年から駐米全権公使になっていた。彼はブラジル公使時代に「ブラジルは邦人の移住すべき土地にあらず」との意見を、本省に再三報告したことで移民には知られている▼約3千本も咲き誇るポトマック河畔の「桜祭り」は毎年100万前後の観光客が訪れる風物詩だ。古木の中には第2次大戦中を〃敵の首都〃で過ごし、人知れず日米友好の花を咲かしてきたものもある▼カルモ公園には桜3千本だけでなく、すぐ横に博物研究会が百周年を記念して海岸山脈の原生種5千本の苗を植えた。日伯の樹木が織り成す森はまさに移民国家そのものであり、珍田公使が黄泉の国で驚くような美しい光景を現出するだろう。(深)