ニッケイ新聞 2009年12月8日付け
下から見たところ、単に岩がむき出した丘のようだ。急斜面を這いつくばるように登っていく。息は切れるが安心だ。おそらく、世界で最も新鮮かつ良質で濃い酸素が充満しているのだから。
見回すと、360度の緑が、アマゾンの広さと地球の丸さを納得させられると同時に、この丘だけが不思議に盛り上がっていることが分かる。
20分ほどで、頂上部分に到着すると、黄色や赤い塗料のようなもので描かれた壁画が姿を現す。幾何学的なものや、宇宙人のように見えるものが岩肌に沿って点在している。
息を切らしながら上がってきた和夫さんによれば、現地の伝説では「カノアに乗って描かれた」とも言われているという。太古の昔、この辺も水の底だったというわけだ。
3千年ほど前のものと言われているが、1万年を超えるとの調査結果もあるようだ。
IPHAN(国立歴史美術遺産研究所)が登録する有史以前の絵が残されている国内の遺跡は、約2千。
現在、観光化が進むと共に、落書きなどの問題も増加しているというが、この場所は訪れるのが難しいだけに、道にもゴミは落ちておらず、落書きもない。
多くの壁画が洞窟内にあるものだが、このモンテアレグレの壁画は、外壁にあり、アマゾンを見守っているかのようにも見える。
しばし太古のロマンに想像を膨らませ、再度大きく空気を吸い込んで丘を降りた。
和夫さんの自宅に帰ると妻幸子さんが食事の準備をしてくれていた。
しかし、アカリはそのままである。慣れていないとおろすのは難しいため、高谷家では和夫さんの仕事だ。熾した炭火の上にまだ生きている数匹を置く。いわゆる残酷焼きである。
残りは刺身にするため、左手に軍手をつけた和夫さんがまず頭を落とし、コンコンと音がするまさに鎧のような皮に張り付いた身をビリビリと剥ぎ取っていく。
まな板に並べられていく厚めの身は、うっすら桜色で鯵のよう。
食感はモッチリと新鮮なイカのようでもあり、コリコリ感も楽しめる。時折、川魚独特の野味が花に抜けるのが楽しく、ツマには香草アルファヴァッカやシコーニャが合う。
ビールを飲みながら、残酷焼きにも取りかかる。見た目はグロテスク以外の何物でもないが、美味いのは何といってもハラワタである。
黒く湯気を立てる内臓をヴィナグレッテやピメンタを混ぜながら、口に運ぶと、鮎のようなほろ苦さと、サザエの肝のような鮮烈さが同居していることに驚く。
カニの甲羅を剥ぐように頭の殻を取ると、カニミソのようなミソが詰まっており、濃厚な旨みが堪らない。こうなるとビールよりも日本酒が欲しくなってくる。しばし無言が続く。
刺身の時に落とした頭で出汁を取った味噌汁を幸子さんが出してくれる。唸るほど濃厚なスープにトメアスーの味噌が泣かせる。このアカリ、まさにアマゾン川の「妙」といえるだろう。
身をほぐしたものはアマゾンの乾物屋に並ぶ。古くから日本移民は、味噌汁の出汁や煮物に使ってきたという。
サンタレンへは、夜8時発。港まで送ってくれた和夫さんと固い握手を交わす。
後ろ髪を引かれながら乗り込んだ船は、静かに陸を離れていく。
わずか2晩前、心安がせてくれたモンテアレグレの淡い光は、アマゾンの暗闇にゆっくりと溶けていった。
(おわり、堀江剛史記者)
写真=宇宙人のようにも見える古代壁画。訪れる人は少なく、見渡す限りのアマゾンの緑が絶景(上)/アカリの頭のみそ汁。抜群に美味な出汁(だし)が取れる。味噌はトメアスー産のもの