オーリャ!

コラム オーリャ!

ニッケイ新聞 2009年12月9日付け

 先月末の本紙に、重松愛子さんという女性の死亡広告が掲載された。その文中にあった夫の「重松萬太郎」という名を懐かしく思い出した人がいたかもしれない。
 記者には重松氏のことが分からず、広告と共に娘さんが持参した昔の新聞記事で知った。
 その文章は旧パウリスタ紙のコラム・星雲。戦前の在聖領事館書記官だった同氏は、第2次大戦による日ブラジル交断絶の際に在留邦人の戸籍を隠し、焼却処分から救った人物だったという。
 帰国後、52年に再びサンパウロ市へ赴任。7年の勤務で離任後は移住し、現地職員として70歳まで勤めたそうだ。日本育ちの娘さんもコロニアの人に礼を言われたことがあったと振り返っていた。
 多くを語らなかったという重松氏。60数年前のこの行動が、戦後コロニアの再建を助けた。移民の歴史を紐解けば、いろいろな恩人がいるものだと改めて思う。(ま)

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