2009年11月7日付け
日伯関係の新時代の幕開けが告げられた。現在、新たな国際環境のもと、二国間の関係はより高度な関係へと質的変化を遂げつつある。
日伯経済関係は50~70年代に、ウジミナスはじめナショナル・プロジェクトやセラード事業に象徴される黄金時代を迎えた。
その後、ブラジル経済の混乱・日本経済の停滞により終止符を打ったが、20年の停滞を経て、グローバル化の進展、両国経済情勢の改善、更に政治・社会・文化面の交流増大等を背景に、両国経済関係は相互の資本・技術・資源、更には市場を活用しあう双方向、水平的かつ重層的関係へと急激な進展を遂げている。
こうした日伯経済関係の急速な活性化の背景として、ブラジルの根本的な変化と日本の対ブラジル認識の変化が挙げられよう。
まず、ブラジルが潜在力を最大限に発揮し、民主的政治体制の下、政治経済両面で国際社会の主要プレーヤーとして台頭し始めたことが重要である。
堅固で成熟した民主的政治体制と健全なマクロ経済政策運営を両輪として、内外に紛争リスクのない恵まれた安全保障環境や多様性に満ちた社会のダイナミズムが高い評価を集めている。
経済・金融危機からの素早い回復は、ブラジル経済の相対的優位性を実証するとともに、80~90年代の経済・社会的混乱に起因するブラジルのマイナス・イメージ払拭に大きく貢献した。
ブラジルの変貌に呼応して、日本による「ブラジル再発見」が進行している。ブラジルへの関心が高まる中、08年の日本の対伯投資は前年比8倍(41億ドル)、貿易も45%の増加を記録する等両国経済関係は著しく拡大している。
量のみならず質においてもその変貌は著しい。
資源・食糧供給拠点としての古くて新しいブラジルの顔に加えて、中間大衆化の進行が著しい約2億人の人口と南米市場への中核としての「消費意欲旺盛な巨大市場」、「企業のグローバル戦略における進出・生産拠点」、エタノール、航空機、深海油田掘削技術等高度先端技術を誇る「戦略的パートナー」等日本企業はブラジルの多面的な魅力に引き込まれつつあり、官民挙げた様々な巨大プロジェクトが同時並行的に進行している。
リオ・サンパウロ高速鉄道は史上最大のナショナル・プロジェクトになる可能性を秘めた一大事業である。
日本の誇る高度な技術力、安全性、環境効果等が凝縮された新幹線こそは日本のDNAを体現する存在である。21世紀の両国をつなぐシンボルとして、新幹線がその勇姿をブラジルの地に踊らせる日が来ることが日本国大使としての私の願いである。
デジタルテレビ協力の進展も目覚ましい。ブラジルにおける日伯方式の放映が急速に進んでいるほか、南米における同方式の普及拡大にむけた協力活動が、アルゼンチン、ペルー、チリ、ベネズエラが同方式の採用に至るとの輝かしい成果を挙げている。
日本の技術力とブラジルの政治的・経済的影響力を組み合わせたデジタルTV協力の成功は、南米全土を視野に入れた21世紀の新たな日伯経済協力のモデルであると確信している。
グローバルな日伯協力の象徴がアフリカにおける食糧分野の日伯協力である。食糧安全保障への不安が顕在化する中で世界的な食糧増産が急務だが、セラード開発事業の経験を移転してアフリカに緑の革命をもたらそうとする事業が両国により展開されている。
モザンビークで開始されたこの事業は息の長い事業であるが、成功の暁には世界の食糧供給とアフリカの人道状況に大きな飛躍をもたらす夢溢れるプロジェクトである。長い伝統を誇る両国の農業協力の成果がアフリカの地で花開く日を私は心待ちにしている。
このような多様な分野におけるダイナミックな動きを踏まえれば、これからの日伯経済関係を発展させる鍵は「技術」と「環境」にあるというのが私の結論である。
21世紀の日伯経済関係は「技術」をキーワードに一層高度化すべきである。世界に冠たる技術大国日本は、産業の高付加価値化を目指すブラジルが必要とする高度先端技術を提供できる最適なパートナーである。
野菜栽培の昔からナショナル・プロジェクトを経てデジタルTVに至るまで、日伯経済関係の歴史は技術移転の歴史でもあり、その中で日系人が大きな役割を果たしてきた。21世紀においても長期的視点に立って日本からの技術協力・技術移転を継続する重要性を改めて想起したい。
なお、ブラジル自身が深海油田掘削、航空機、バイオエネルギー等戦略的分野で創造性に富む高度技術を誇る技術の提供者としての一面を有しており、日本側にも大きなニーズがあることは忘れてはならない。
目覚ましい発展を遂げている「環境」ビジネスも注目に値しよう。省エネ技術大国日本とクリーンエネルギー大国ブラジルの組み合わせがもたらす相乗効果は経済・環境両面において世界的に大きな意義を有している。
太陽光発電、省エネ家電、ハイブリッドカー等環境技術に優れた日本と、世界有数の環境資源に恵まれ、バイオ燃料、水力発電等豊富なクリーンエネルギーを有するブラジルの前には環境ビジネスを巡る大きな可能性が開けているが、可能性の追求が同時に地球規模での環境問題の改善に資することを指摘したい。
日伯関係には過去何回かブームが存在したが、現在の盛り上がりを一過性のものとしてはならない。出現しつつある新しいパートナーシップは、過去とは異なり双方向、水平的かつ重層的な性格を有している点が特徴である。こうした強靱なパートナーシップこそが、二国間関係の盛り上がりを一過性のブームではなく持続可能とするものと私は確信している。
21世紀の国際社会で指導的役割を担うことが期待される両国が末永くより良きパートナーであるために、日本政府としても努力を惜しまないものである。
在ブラジル日本国大使 島内憲 (しまのうち・けん)
1971年3月東京大学文学部を卒業し、同年4月外務省入省。前駐スペイン国特命全権大使、2006年から駐伯特命全権大使。63歳。