2009年9月19日付け
筆者の研究チームでは、文部科学省から委託を受け、ブラジル人学校の全国調査を行っている。昨年度の調査では、秋からの経済不況の影響をみるため、昨年十二月と今年二月の実態を調査し比較した。
昨年十二月には九十校あった在日ブラジル人学校は、今年二月には八十六校に減った。在籍者総数も、六千七百三十七人から三千八百八十一人に激減した(回答校五十八校)。経済不況は、在日ブラジル人学校にも暗い影を落としていた。
在籍者数の変化を学校段階別にみると、その減少率は、就学前教育段階五四・九%、基礎教育段階三六・九%、中等教育段階二〇・一%だった。
つまり、学校段階が上がるほど、子どもは退学していない。「なんとか中等教育段階を修了したい・させたい」という子どもと保護者の思いがうかがえるようだ。
学校側も、教職員の給与の大幅削減や据え置きをしながら、子どもの食費と居場所を確保していた。教師の使命感が、閉校のラインを踏みとどまらせていた。
また、在日ブラジル人学校を辞めた子ども一千七百十八人(回答校四十一校)のうち七百二十二人が本国に帰国している。公立学校に移った子どもは百六十人と少ない。
注目されるのは五百九十八人にも上る子どもたちが、就学を見合わせていることである。「不就学」とは異なる「自宅待機」であり、そこには、再就職できれば、一刻も早くブラジル人学校に復学させたいという、保護者の悲痛な願いがあった。
それでは、日本経済が回復し保護者の再就職が叶うまで、子どもに自宅待機を続けさせるのか。不本意であってもこうした状態が長引けば、子どもも就学への希望を失い、「不就学」状況に陥る可能性は高い。私塾としての在日ブラジル人学校には、母国政府からも日本政府からも公金支出ができない。
しかし例えば、地域関係者と共に自宅待機の子どもたちの居場所を作るのなら、公的支援も不可能ではない。そこで、ブラジル人学校への復学が叶うまでの一定期間、学習支援をするのなら、そして、日本語教育を施し公立学校にも馴染める機会を提供するのなら、子どもの教育の場の選択肢も広がるはずだ。
文部科学省はこの調査結果を公表して間もなく、「虹の架け橋教室」という施策を打ち出した。自宅待機の状態にある子どもたちに対して、ブラジル人学校関係者と地域関係者が協働で居場所をつくる。そこから、公立学校への架け橋とブラジル人学校復学への架け橋を築こうというものである。
三年間で三十七億円を投入するこの施策は、危機に瀕するブラジル人学校と自宅待機の子どもにとって、文字通り「夢の架け橋」となろう。
しかし、その橋梁は急場をしのぐ強さは持つが、期限付きの設置であり、嵐が来れば揺らぎもする。そのことを十分に認識しておかなければならない。
「夢」を「現実」に引き寄せる橋を子どもに渡らせるには、暫定的に作られた橋梁をいかに強固にするかという方策を練ることも必要である。同時に、誰よりもその子どもを愛する保護者が、橋のその先を見る力と、社会の揺らぎに負けない歩み方を子どもにどう示すかも問われている。
結城 恵(ゆうき・めぐみ)
群馬大学教育学部教授。東京大学大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育学)。外国人集住地域のフィールドワークに基づき、国・県への施策提言及び共生マインドをもつ人材を育成する。平成17~20年度文部科学省特色ある教育支援プログラム「多文化共生社会に貢献する人材の育成」推進責任者。群馬県生活文化部国際課職員(併任)。