ニッケイ新聞 2009年7月30日付け
あの宇野宗佑元首相と伊藤忠会長や中曽根康弘氏のブレーンとして活躍した瀬島龍三氏(陸軍中佐)もシベリヤに抑留され飢餓と凍土に辛酸を味わった苦労人である。もうご両人とも黄泉へ旅立たれたけれども、日本にとってソ連の兵士・軍属らの抑留は忘れようとしても忘れられない無謀な惨事であり、事の真相も不明な点が多い▼スターリンの日ソ中立条約の一方的な破棄もあるが、ロシア側資料だと76万人が酷寒の地に連行され強制労働に従事させられたのである。厚労省では抑留者は56万人、死者は5万3千人と推定していたが、ロシア側の数字はこれを大きく上回る。尤も、米の学者の調査では死者は34万人だし、1説には37万4001人もあり、本当のところは解らないのが現実なのである▼宇野元首相も「抑留記ダモイ・トウキョウ」を上梓し、こうした体験記はいっぱいある。思想教育で俄か共産党になった兵士らが将校らを苛め抜くし、ツルハシで凍土帯(ツンドラ)に挑む無残な姿。確かー不味い「黒パン?」も、これを食べないと衰弱し昇天するからと口にしたそうだし苦労話は尽きない▼こんな厳しい暮らしなのに現地視察した社会党の国会議員団は「とても良い環境で労働しており、食料も行き渡っている」と国会に報告し、抑留者が帰国してから問題にもなった。コロニアにもあの艱難辛苦を体験した人がいるだろうと思っていたらサンパウロ市在住の谷口範之さんが「私のシベリア抑留記」を出版したという。「ツルハシを地面に振り下ろすと、カツンという甲高い音と共に跳ね返された」と厳寒での強制労働などを綴っている。 (遯)