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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=8

 「やっぱり外国暮らしは違うね、日本じゃ粗茶ですが、だよ」と、みんなで目をまるくしたが、この言葉は、その後ずうっと私の中に生きつづけ、素直にそれを言える暮らし方を今はしている。

 サントス港で人も積荷も降ろした船は、がらんとしたまま次の寄港地ブエノス・アイレスに向かった。事業団の監督官が残り、外務省の人はサントスで下船した。船内に疎らになった移民は、寄る辺のない心細さを持ったが、アルゼンチンまでは一日くらいであり、着けばそれぞれに出迎える人があるという安心感のためか、あるいは永い航海がこれで終わるという、やれやれとした思いもあってか明るかった。ブラジル丸は、私の下船するモンテ・ヴィデオ港に、どういう訳か寄港せず通過してブエノス・アイレス港へ行き、帰りの航海でモンテ・ヴィデオ港に寄港する事になっていた。
 ブラジル丸は五日間ブエノスに停泊しただろうか。晴れた日が続いたが、ブエノスに知人のいない私を訪ねて来る人はなく、一人で市内を観光する術も知らず、私好みのマーガレットに似た小花の咲く船の周辺の路を散歩するだけの日が続き、私はひたすら出航を待っていた。

 第三章 パラグアイの男 

 そんな日がつづく二日目の事だった。あのダッコちゃんが私を訪ねて来た。
 「オバQさん、ああどうしょう、私どうしょう、会ったらねえ」と彼女は私のあだ名をよび言葉を切った。胸がいっぱいという感じである。私は彼女を見詰めて次の言葉を待つしかなかった。かなりたってから彼女が、
 「大男の恐ろしい顔の人なのよ、目がギョロッとして真っ黒な顔で、私・・・どうしょ」と言った。はじめて夫となる人に出会った花嫁の印象であった。その後、私はこの色黒のギョロッとした大男に会ったが、私の痩せすぎた体のための印象か、巨漢のそのイメージが頭からいまも離れない。
 この日、男はパラグアイの奥地から花嫁を迎えにきたのだ。今から考えれば、彼は移民船をおりてから初めてブエノス・アイレスの港へ出て来たかも知れず、またこの大男は親に連れられて来た子供移民であったとも考えられ、結婚適齢期になるまで耕地に住み十年、或いは二十年経っているかも知れなかった。(実際は家族移民で青年になってきた人であった)
 現地人と見紛う風貌は健康で逞しく頼もしく、パラグアイの耕地で生きるダッコちゃんには大変嬉しいことに違いないのだが、サンパウロで誰かに現地人みたいと言われた彼女だけでなく、その風貌は都会に慣れ育った者ならゾッとするだろう。さらに、ぶっきらぼうで女性の心を掴む術など知らないのだからしかたがない。見かけによらぬ男性の良さなど思うべくも無い年齢の娘であればなおさらだろう。たいして夢や理想を描いてなくともゾッとしたのではあるまいか。
 ダッコちゃんがブラジル丸に訪ねてきて会ったのは、この時ともう一度訪ねて来た時だけだった。彼女はこの日に初めて自分の氏名を明かし、パラグアイの住所を渡してくれた。私もウルグアイの住所を彼女に渡した。
 彼女とふたたび出会うのはこの日から七、八年ほど後のことになる。彼女も他の花嫁とかわりなく、この大男の籍に入籍して渡航したのであり、ここまで来れば彼に連れられてパラグアイへ行くしかないのだった。