ニッケイ新聞 2008年12月25日付け
スザノ日伯学園の安楽恵子校長(60、北海道出身)は、デカセギ子弟受け入れに心を砕いている。市内の市立州立学校で長年働いてきたため、地元教育界で顔が広い。
日系子弟への教育方針ははっきりしている。「日系人は自分の意見を言えずに、遠慮しがちな態度をとりがち。出るところに出て、言うことを言う生徒を育てたい」。
現在、日本からの帰伯子弟が五人在学中だ。その多くは日本語中心でポ語が弱い。もちろん、子弟がポ語だけの場合もあるが、それなら受け入れに問題はない。
午前中はブラジル教程だが、午後から毎日、日本語の授業があるのが同校の特徴だ。日本語中心の子弟の場合、「日本語だけの時間があると、例えポ語が分からなくても他の生徒から一目置かれる存在になる。日本語の時間が持てることでストレス解消になる。そうすると溶け込むのが早いみたいですね」という。
生徒年齢の学年に入れず、まずはブラジル教程の実力に合わせて低学年に入れ、数年のうちに進捗状況に合わせて年齢の学年に戻していく。このようなバイリンガル教育対応をしている学校はブラジルでも少ない。
教師自身が二言語に長けていないと、バイリンガル生徒の実力を正確に把握することは難しい。日ポ両語がたっしゃな安楽校長のような存在がいてこそ可能になる。
「最初は日本語の分かる先生にポ語を教えさせますから、こどもは安心して勉強できます。慣れてきたらポ語だけの先生に。こどもは覚えるのが早いですよ」という。
「ポ語を覚えるのより、日本語を忘れないようにする方がむしろ大変」と気を配る。
興味深いことに「こども同士の会話を聞いていると、日本から帰ってきたばかりの子にはゆっくりと話している」と観察する。これも一種の国際教育なのだろう。
実は安楽校長自身が親に連れられて八歳で来伯し、その後、一からポ語を勉強したバイリンガル準二世だ。日本語しか分からないで帰ってきた帰伯子弟に、自らの幼少期の苦労を重ね合わせる部分があるのかもしれない。移民ならではのバイリンガル教育メソッドが、ここでは開発されているようだ。