1930年に海を渡り、アマゾン地方を初め多くの開拓地で医師不足に悩む移民に尽くした「ブラジルのシュバイツァー」細江静男医学博士(1901~75年、岐阜)。その娘婿で、ブラジル老年医学の第一人者として名高い森口幸雄医学博士(88、東京)。その幸雄博士の息子で、二人の背中を見て育った森口秀幸氏(56、東京)は現在、南部2州の巡回診療に献身している。三代に渡るコロニア医療への貢献にかける想いを、秀幸氏に聞いてみた。
58年に東京で生まれた秀幸氏は、「もっと自由な環境で子供を育てたい」という父の想いから10歳で家族と共に渡伯した。幼少時はサンパウロ州で活動していた祖父細江氏に連れられ、サンパウロ市郊外への巡回診療に付き添った。後年は父幸雄氏と共に南大河州、サンタカタリーナ州で巡回診療へ。現在は南大河州連邦大学医学部教授、モインヨスデベント病院老年医療センター長となり、ブラジル社会の医療を支えている。
細江氏の診療について、秀幸氏は「患者一人一人とじっくり話し合い、人間関係の悩みや人生相談も行っているのが印象的だった」と思い出す。一方、父は「患者への処方や生活指導は的確で、間違いなく一流の医者だった。しかし海軍軍人だった父の患者へ対する態度は厳しく『自分の指示に従えないならもう来なくて結構です』という感じだった」とも。
秀幸氏の診療は「お爺さんにそっくり」との評判で、「どちらが正しいという事ではないが、私は祖父のファンです」と自認する。「小さな集落の住民は人間関係でどん底に嵌る事がある。健康は体だけでなく、人間関係の影響も大きい。それを助けられるのは外部の人間だけ。祖父はそうした人も助けていた」と巡回診療を通じて気付いた祖父の偉大さを語った。
今年も7月12日から8月9日まで巡回診療を実施し、血液検査、血圧測定、身体測定、尿検査、心電図測定などを約200人に対して行なった。2010年からは横浜市立大学、防衛大学などから医療研修生も参加している。
研修生を含め、日本からの参加者の旅費は自己負担だが、当地での経費は全て秀幸氏のポケットマネーで、その持ち出し額は毎年1万~2万レアルになる。秀幸氏が病院で診察をする場合は通常1回600レアルが相場で、巡回診療期間中(20日間)のそれも無料奉仕となる。
このような秀幸氏の個人負担や医療機器の修理買い替え費用などを少しでも軽減するべく、賛同者から募金を集める仕組みが組織され、日本在住の理解者を中心に142万5200円が集まり、巡回診療に使われた。
日本からのボランティア参加者の中には「巡回診療には医療の原点がある。自分が医師を目指した時の心を取り戻すことが出来る」と複数回参加する人もいるという。
秀幸氏は巡回診療のほかにも多くの無償奉仕を行っている。その原動力は何かと尋ねると、「自分でも、どうしてこんなことやっているのかと思うことがある。きっと祖父が天から背中を押しているのだと思います」と語った。