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花嫁移民=海を渡った花嫁たちは=滝 友梨香=12

 見える人にはこの性格は分かったであろうが、寂しさゆえにか人を疑う事を知らず、単純であり,甘えたがり屋だったと、今はその頃の自分の心の姿を言えるが、まだ若い私にこんな自分の姿が見えるはずもなく、実に無防備のまま生きていたのだった。

 第五章 赤い靴 ②

 実母の妹である大阪の叔母が話題として、
 「ウルグアイの一志ちゃんの嫁さんを探しているのよ」と言ったのは、私にと意識して言ったのかどうかは気付かなかった。私は黙って聞いていた。そして後日、みたび話が出た時ようやく私を対象に話していると気づき、
 「いとこ同士だけど、私でいいのかしら」と言った。この四年位前に養父も亡くなり、何のしらがみも無い私だから、私自身さえ承知すれば済むことで、誰に相談する必要もなくこの話は進んだ。私はそのとき二十四歳の春を迎えようとしていた。ウルグアイの叔母の長男も私と同じ歳だった。
 こうして花嫁移民をしようと決めた時点から、これから渡航する花嫁になる方たちは皆さん、「花婿本人と文通を交わし、いろいろと話し合って絆を深めながら、入籍、呼び寄せの手続きへと進めて渡航までの日を過ごした」と言い、「ききよう会」の花嫁たちは、何十通もの文通を交わしたことを言う。
 他の花嫁と私がちがう点は、花婿からの便りは一度もらったかどうかだったかなと思えることである。本人と文通した思い出がまるでなく、思いだそうとすると、どうしたことか花婿の父親から、持って来て欲しい品物について、たびたびもらった手紙だけしか思いだせない。
 そんな不思議なことについて疑問を持たなかったのは、
「実の叔母のところへ嫁ぐのよ、何の心配があるかね?」という実母方の親戚の言葉にもよるが、私自身が余りにも単純無頓着にすぎたと言えるだろう。
 その花婿なる従兄が私を迎えにブエノス・アイレス港へ来たのだった。ブラジル丸が、五日間ブエノス港に停泊している間、戸籍上の夫である従兄が毎朝むかえにきて、ブエノス市内へわたしを連れ出し、二人にはたっぷり話し合う時間があった。話し合うのは主にふたりの性格の違いについてであり、ウルグアイでのこれからの生活について話を聞いても返事はにごされ、「行けば分かる」だった。
 従兄はダッコちゃんのご主人になる人のような大男でもなく日焼けして色黒でもなかった。私の知っている限りの親戚の血を引いた小面の美しいとも言える中肉中背の男性になっていた。花作りをしているためか重労働者の厳つさはなく、ダッコちゃんがその花婿に感じたような厳つい恐ろしさを私は持たなかった。しかしダッコちゃんと何変わる事のない心境になったのである。
 渡航まで十年間大阪で暮らしても私は大都会の中の田舎者でしかなかったが、私の性格は裡に単純さと同時にキッキッとしたキツさを育てていた。もし私の性格がキツくなければ、この従兄を受け入れて無事にハッピーエンドになったであろう。

 ブラジルに来てから知ったことであるが、アルゼンチンの日本人は、クリーニング店を経営している人が多いという。その一軒へ従兄は私を連れて行って紹介した。