ニッケイ新聞 2008年10月18日付け
本日訪れるのは、〃移民のふるさと〃ではないが、今回のツアーのもう一つの目玉、世界有数の大湿原・動植物の宝庫パンタナールである。参加者のなかには、この訪問を楽しみにしている人も多いようだ。
早朝、カンポ・グランデから西進二百キロのミランダにあるサンフランシスコ農場へ。
同農場は四千ヘクタールの米作を行っているが、農地の一定割合の開拓を禁止する自然林保護法を利用、オンサなど熱帯肉食動物を保護するNGO団体「Pro Carnioros」と共同でエコツーリズムを行っている。
むっとする熱気のなか、カフェで一服。聞けば、七月には摂氏〇度まで下がることもあるようだ。
鳥やワニ、ピラニア釣りが楽しめる「川下り」と、陸路で動物見学をする「サファリツアー」を午前、午後に分かれて行うことになった。
荷台を座席に改造したトラックで順次出発する参加者らを見送る形になったのだが、その光景は、ブラジルに到着した移民らが、それぞれの耕地に散っていくように見えた――。記者だけかも知れないが。
◎
見渡す限りの湿原のなか、トラックに揺られながら、あぜ道を進む。
案内役を務めるリカルド・ダ・コスタ氏(31)が「あれを見て!」と上空を飛ぶ「煙の鷹」(Gaviao Fumaca)を指差した。
説明によれば、この鷹は湿原に火がついたとき、煙をかいくぐり、地面から出てくる虫を食べることから命名されたという。
湿地のところどころに黒くなっている部分があるように、最近も火事に見舞われたようだが、リカルド氏は、自然の再生力の強さを説明する。
カビバラの親子が連れ立って歩く愛らしい姿に歓声が上がる。沼に浸かり、温泉のように目をつぶり心地よさそうにしているカビバラ。和名「水豚」を納得させる姿だ。 肉は大層美味らしい。しかし、道中記者が欲しがった蛇の抜け殻でさえ、持ち出し禁止というのだから、昼食にカビバラのシュラスコが出てくることはないだろう。残念だ。
リカルド氏が「あれは日本で有名だろう。テレビで見たことがある」と指差す方向を見ると、長良川の鵜飼で有名な鵜が木に止っていた。
魚を取っている姿しか知らないので「鵜も飛ぶのか」と感心していると、記者の隣にいた奔放そうな女性と真面目そうな青年のブラジル人カップルが、「夜のサファリツアーは違う動物を見ることができる」と勧めてくれた。失礼にも鵜飼を想像したことを心のなかで詫びた。
エマや鹿が遠方に見えるたび、車は停車し、カメラを構え、双眼鏡を覗く。リカルド氏はツアー後、動物保護の理解を深めるためにレクチャーを行い、参加者らは熱心に聞き入っていた。
もちろんカビバラはなかったが、シュラスコの昼食を食べ、川下りツアーへ。途中で肉を餌に釣り上げたピラニアでワニをおびき寄せる。
その迫力ある姿にカメラが向けられたが、松原茂子さん(82、北海道、五回目)は、特別な思いでワニを見ていた。
セッテ・バーラスの近くにあったキロンボ植民地。日本人学校への行き帰りに岩の上で昼寝するワニを見るのが楽しみだったという。
「今回参加したのも懐かしくて大好きなワニを見たかったから。大満足」と嬉しそうに話しながら、「あれは美味しいよ。味噌汁なんか最高」と帰りに早速、事務所でワニの肉を買えないかを問い合わせたという。
「ここでは、禁止されているらしいね」と残念そうな表情を見せていたのが印象的だった。
数百年の樹齢を重ねているというフィゲイラなどを見学し、園内に放し飼いにされているエマと戯れながら帰りのバスの出発を待つ一行。
地平線に沈む夕日を眺めていると、久保昌子さん(85、愛知)が「まるで日の丸のようねえ」と穏やかな笑顔を見せていた。
カンポ・グランデに向かうバスの車窓からは、巣に戻っているのだろう、鳥の大群が隊列を組み上空を飛んでいく。そんな光景に心を奪われていると、隣りの長友団長が万歩計を取り出し、「おっ今日は一万二千歩も歩いてるぞ」。
今日はバスと車と船に乗っただけ。「それは…どう考えてもサファリツアーの車の振動でしょう」。そんな記者の指摘も上の空で、「そうかなあ」と満足そうな長友団長の顔はパンタナ―ルの残照に染まっていた。
(つづく、堀江剛史記者)
写真=ピラニア釣りを楽しむ参加者ら