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百年の知恵=移民と「日本精神」=遠隔地ナショナリズム=第14回 日系の祖国は「日本」?=回帰する高齢2世層

ニッケイ新聞 2008年8月8日付け

 弊紙ポ語版「ジョルナル・ニッパキ」はもちろん、日系人向けポ語新聞ニッポ・ブラジル紙にもNHK番組表が掲載されており、NHKの都合で突然、時間割が変更されるとポ語で苦情がくる時代だ。
 視聴者であるバイリンガル二世の多くは戦前からの流れで、心のどこかに「日本精神」のカケラを抱えている現在七十前後以上の世代だと推測される。戦後、一生懸命に一般社会で「優秀なブラジル人」たろうとエリートブラジル人と競って働き、ようやく定年退職した世代だ。
 気を張って実社会でがんばってきたが、ようやく定年にたどり着いた頃に、NHKが現れた。
 それを見るという行為には、「今なら許される日系回帰」的な部分があるように思える。やはり、ある種の「想像の共同体」への帰属を確認作業でもあるだろう。しかし、なぜ日系回帰をする必要があるのか。
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 東京のブラジル総領事館に〇五~〇七年まで勤務をした現役の外交官ジョアン・ペドロ・コレア・コスタ氏が書いた『De decassegui a emigrante』(デカセギから出移民へ、Fundacao Alexandre de Gusmao刊、〇七年)には二世やデカセギに関する興味深い考察があふれている。
 近代国家としてのブラジル形成には「三原種神話」(百三十九頁)があるという。「欧州白人」「アフリカ系黒人」「インディオ」という三つの人種が混淆を重ねて形成されたのがブラジル国民であるという基本イメージのことだ。日本人はそこに入っていないので、ブラジル人一般から、今もってどこか「外人」扱いされている可能性があるとの議論だ。
 生活の場において、ブラジル人一般は日本の日本人と日本移民、さらのその子孫を明確に区別していない場面をしばしば目にする。つまり、ポ語の「ジャポネース」は、日本語では使い分けている「日本の日本人」「日本移民」「日系人」の全ての意味を含んでいる。ブラジル人が考えている「ジャポネース」は、日系人自身のイメージとズレている。ここから多くのアイデンティティの問題が生まれているようだ。
 米国エモリー大学でラ米研究をするジェフリー・レッサー教授が今年出版した日系研究『Uma Diaspora Descontgente』(Paz e Terra 刊)には過激な表現が並ぶ。「日系人の多くはブラジルを自らの国家と認識しているにも関わらず、ブラジル人の大半は、日本こそが日系人の〃祖国〃だと思っている」(二百六頁)と指摘する。
 リベルダーデ駅内には、よくブラジル銀行やブラデスコ銀行による日語広告が出ており、やはり、テレビの百周年関連のコマーシャルにも日本語表現が使われる。経済活動の中心世代である三~四世の大半は日語が分からないのに、なぜ日語で広告を打つのか、という疑問が常々あった。だが、ブラジル人一般が「日系人の祖国は日本だから」とイメージしているからと思えば納得できる。
 さらに戦前戦中派の二世エリートたちが口を揃えて、「日系人はブラジル社会の一員である」とことある事に主張してきたのもうなずける。
 彼らは再三、閉鎖的なイメージのある「コロニア・ジャポネーザ」ではなく、一般社会の一部分としての「コムニダーデ・ニッポブラジレイラ」であると主張してきている。実は、その裏には、そうでないと考えているブラジル人層が相当数いるからと考えられる。
 「ニッケイ」という言い方はそれほど古くなく、まして「ニッポブラジレイロ」という表現は百周年においてすら伯メディアにおいて一般的ではなかった。
 ポ語に不自由のない二世でも、一般社会の〃単なる一員〃になるには、このようにある種のカベがある。これは「顔」という身体的な特徴によるカベであり、言葉や文化によるものではない。
 その結果、「ニッケイ」や「ニッポブラジレイロ」という新しい民族像が生成されつつある。この日系民族のエスニックメディアがNHK国際放送なのかもしれない。
 移住という壮大な民族的な実験は、百周年の機会に盛大にブラジルから慶祝されることで成功裏に進みつつある。だが、何処かに根を張るという行為は、かくも難しいということも示しつつあるようだ。(続く、深沢正雪記者)



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