ニッケイ新聞 2008年8月1日付け
移民のエスニック研究をするサンパウロ大学の森幸一教授は「ブラジル移民のナショナリズムは、日本のそれとはまったく違う。あくまでもブラジル国内の、エスニック(民族)としてのナショナリズムの問題だ」との立場を強調する。
国籍を超えた「日本民族」という存在は、「日系民族」といった方が適当かもしれない。
これは、外国における純粋なエスニック思考に他ならない。この傾向が、戦前生まれの二世らを通して、現在にもつながるコロニア全体の基底文化を作ったといっても過言ではない。
ブラジルがポルトガルのそれを基底文化としているように、コロニアの、特に地方の日系団体においては戦前日本の村社会、共同体の雰囲気を現在も色濃く残している。
その傾向の表面的な特徴を日本側の立場から解釈して、「明治の日本がある」と表現しているようだ。それもまた無理もないことだろう。外国の領土において、一世紀の長きに渡り、数十万人規模の日系集団がエスニック傾向を維持するという経験を、日本自体も見たことがない。
戦前移民の子供である高齢二世は実に独特な世代だ。一月に刊行されたポ語『O Nikkei no Brasil』(ブラジルの日系人)で、コーディネートをした原田清弁護士自らが担当した第二章「日系の統合と発展のプロセス」に、二世の側からみた興味深い「nikkei」の定義が書かれている。
「今日のニッケイは日本人とは違う。単に二重であるのではなく、日本人の魂をもってブラジル人として振る舞う。ニッケイはブラジルを母国とする日本人とその子孫のことで、本国ではもう見られないような(伝統的な)日本文化をわかちがたい絆として引き継いでいる」(四十七頁)。
どんな伝統的な日本文化が次の世代に継承されるのかとの問いに、「勤勉、真面目、責任感、義理、恩、礼などが残ると思う」と答えた。同年代の日本の日本人に質問をしても、同じ答えはまず返ってこないだろう。
父親が勝ち組だった原田氏にとって、司法界のエリートといえる存在になった現在も、幼少時に父親から叩きこまれた価値観は理屈を越えて生き残っている。
二世らは、明らかに戦前日本の軍国主義とはまったく別の文脈で話をしているにも関わらず、つかっている語句があまりに鮮烈な印象を残すので、それを戦後の日本的文脈で解釈してしまいがちだ。このズレは十分に心得ておく必要がある。
前節で紹介した日系陸軍将官の例でも明白なとおり、ブラジル内のエスニックという立場でどんなに皇室崇拝しても、日本の軍部に直結することはありえず、日本国内のそれとは根本的に異質だ。
皇室はブラジルにおいては「ジャポネース」の象徴として敬愛されている。それは日本人を源とする血縁集団にとって、国籍を超え、国際的に通用するシンボルであり、「日系民族」のアイデンティティの核になる重要な精神的支柱として特別な存在だろう。
そして、百周年を迎えた今年、日本的な伝統を残しつつブラジルに統合している日系社会の姿が、新たな異文化統合のあり方として、ブラジルや世界から大きな注目を浴びたことは記憶に新しい。
昨年、ノロエステ在住の勝ち組系の二世長老から興味深い話を聞いた。
「戦後、認識派の子孫はどんどんコロニアから離れ、同化して消えていったが、我々は日本語や日本文化の灯を絶やさなかったから生き残った。そして、むしろそれが評価される時代になった」。
米国の影響を強く受けながら日本がたどった戦後とは違う、コロニア独自の六十三年に対する評価の一つだろう。
時代は一巡りして百周年を迎え、ブラジル社会は日系社会に日本的なものを求め、それを賞賛した。単純な同化論争ではなく、継承と統合のバランスの問題になってきたともいえる。これもまた、グローバル時代が見せる新たな側面かもしれない。
(続く、深沢正雪記者)
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