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百年の知恵=移民と「日本精神」=遠隔地ナショナリズム=第9回 七生報国説く2世軍人=純粋な日本民族解釈

ニッケイ新聞 2008年7月31日付け

 戦前、日本政府は在外公館や「東京ラジオ」などを通して、自国領土の外に「日本国民」を作ろうとした。この「遠隔地へのナショナリズム政策」の強い影響を受け、さらに同胞社会は多国籍な就労環境という刺激の中で、独自色の強いナショナリズム傾向を育んでいった。
 異民族に囲まれて生活する日本移民にとって「想像の共同体」としての「日本国民」は、厳しい状況に置かれれば置かれるほど明確な輪郭と持つようになり、敗戦という受け入れがたい現実を前にし、「勝ち組」という結実をもたらした。
 戦後、認識派史観が一般化される中で、勝ち組の想いは正史から抹消されたかに見えた。しかし、その影響はグローバリゼーションの現代において、伏流水のように姿を変え、脈々と受け継がれている。
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 日本民族としての感情発露の一例として、ある日系二世の陸軍元将官の講演内容がある。〇四年十月に行われた講演会では、四年後に控えた百周年に関連して、日系子孫としてどのような心構えで百年祭に望むかという精神論が説かれた。
 日系将官は日常会話なら日語で十分だが、この時は全てポ語で行った。
 「神風は二度吹いた。二度の蒙古襲来から守られたことで、神のご加護が証明された。第一代の神武天皇から始まり、百二十五代となる今上天皇への系譜。我々は全てパレンチ(親戚)であり、日本に生まれた父母・祖父母を通して一系に連なっている」と熱く力説した。
 天皇即位十周年記念ビデオ『奉祝の灯』の一部を上映、全員が起立して国歌(君が代)を斉唱した。天皇家、日の丸、国歌が日本の三大シンボルであるとし、その意義を説いた。
 「私たちはブラジルに生まれたが、このシンボルをどのように考え、どこへ向かったらいいのか?」と真摯に問うた。
 さらに、後醍醐天皇のために一命を投げ打ち、戦前は皇国最大の英雄と慕われた楠木正成の有名な言葉「七生報国(しちしょうほうこく)」を説明した。
 少なくとも戦後移民だけの集まりでは、ここまでの民族感情を訴える場面はほぼない。戦前に人格形成した二世ならではの純粋な思考だろう。
 さらに興味深いのは、ブラジルが唯一体験した戦争であるパラグアイ戦争の時、パラグアイ国軍に囲まれながらも、民兵と共に最後まで勇敢に戦って散ったアントニオ・ジョアン中尉の「死ぬのは分かっている。でも私と仲間の血は、わが祖国への侵略に対する永遠の抗議となるだろう」という言葉を引用し、ブラジルへの愛国心の重要さを訴えたことだ。
 彼は「我々は何処からきたのか。そのルーツが分からなくなれば、Autenticidade(真正さ)を失ってしまう」と強調し、日系人としての認識を深めることがブラジルに貢献すると説いた。
 つまり、皇室を敬うこととブラジル軍人であることは矛盾せず、戦前の日本精神を日系的に解釈して「愛国心」という言葉に昇華している。
 ここでは日系人としての民族(エスニック)的な心構えがテーマになっていたが、聞きにきていた高齢の日本移民は、日本のナショナリズムの観点からそれを批判した。
 「私たちが学校で習ったような歴史の話ばかり。私には学歴はありませんが、大和魂は誰にも負けません。もっといい話が聞けるかと思ってきた」。これでは完全に文脈が違っている。
 陸軍将官は後輩である若い日系二世、三世向けに、ポ語で日系人としての誇りの持ち方、百周年という節目に向けての心構えを講演したのであって、「釈迦に説法」よろしく戦前一世に大和魂を説いた訳ではない。
 でもコロニアでは、このような誤解が日常的に起き、米国民主主義の洗礼を受けた戦後移民一世と、同年代の二世との対立の基底となってきた。
(続く、深沢正雪記者)



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