ニッケイ新聞 2008年7月29日付け
なにかがチグハグ――。日本では手配もされていないのに、静岡県でおきたブラジル人男性死体遺棄事件に関し、マット・グロッソ州の市警が調書を作成し、出頭した本人は二回目の事情聴取で、「刺した」とまで認めているという奇妙な事態が起きている。
静岡県湖西市の山道で六月十四日、ロドルフォ・ロケ・シャベスさん(当時35歳)が遺体で発見された事件で、事件後に帰伯した被害者の妻と交際相手の男性が今月初め、マット・グロッソ州のベラ市の警察に出頭して聴取を受けたのは既報の通り。
新居署捜査本部は六月二十八日、被害者の交際相手カリーナ・カト・マセド(29)容疑者を死体遺棄容疑で緊急逮捕。別居中の妻フレデイグラニア(34)の交際相手マウロ・タダウ・ヤマシタ(36)の車から、シャベスさんの血痕が検出されたことから事件との関わりを調べていた。二人は会社を退職、六月十二日にブラジルへ向け出国していた。
ジアリオ・デ・クイアバ紙二十六日付けによれば、同州シノップ市の警察署でジェファーソン・ジアス捜査官は二十五日、妻を再聴取した。最初の事情聴取で妻はカリーナ容疑者が殺害をしたと供述していた。
日本でカリーナ容疑者は妻の方が殺害したと供述していることを伝え、「真実は一つだ」と忠告すると、弁護士と相談した後、主張は一転し、刺したことを認めるようになった。ただし、正当防衛を主張している。
ところが、日本からの報道よれば「出国した二人については全国に指名手配した後、国際手配の手続きに入る」(十八日付け)というが、二十八日現在で、まだ手配されていないようだ。
もし、出頭したのが日本国内ならすぐに裏付け捜査をして逮捕へという動きもありえた。でも、司法権の関係でブラジルではありえない。
ジアリオ・ダ・セーラ紙二十六日付けによれば、「調書はブラジリアの日本国大使館へ送付される」とあるが、二十八日午後の現在で大使館には届いていない。
ブラジル憲法の関係で、自国民の犯罪人引き渡しが不可能なため、日伯にまたがった逃亡犯には国外犯処罰(代理処罰)が昨年から適用されるようになった。
帰伯逃亡しても司法で裁かれる状態にはなっているが、今回のように自首しても、日本から代理処罰申請が来ていなければ何もできない。
次の段階は、捜査の迅速化を図るための刑事司法共助を両国間で結ぶことだろう。
昨年八月に麻生太郎外務大臣(当時)が来伯した際、刑事司法分野作業部会が設置され、昨年末に日本で第一回が開催された。今年中にも第二回がブラジルで行われる予定。同大使館では「すでに解決に向けた検討作業に入っている」という。
今月の洞爺湖サミットで日露首脳は、年内に刑事共助条約を締結することで合意した。これにより、捜査や訴追に必要な資料を、外交ルートを通さずに直接やりとりできるようになり、国境を越えた捜査の迅速化が期待されている。
日本政府は〇三年に米国、〇六年には韓国、〇七年には中国とも締結した。四カ国目のロシアの次は、ブラジルであることを期待したい。(深)