ニッケイ新聞 2008年7月23日付け
〇七年七月に在ロサンゼルスの韓国人コミュニティが数百万ドルの費用をあつめて、米国下院議会でロビー活動をし、慰安婦決議案を承認させたことは、記憶に新しい。
同八月十八日付け産経新聞の特派員コラムでは「ソウルで韓国人識者を含めいろいろ聞いてみた中で、最も説得力があるように思えたのは『移民者たちの愛国補償心理』というものだった。誰でも祖国を離れれば祖国への関心と愛情はつのる。そして米国移民のように米国の主流社会になかなか溶け込めない場合はとくにそうだ。しかも一方では祖国を捨ててきたという心理的な負い目がある。そこから彼らはことのほか祖国への愛情確認にうえることになるのだ」と説明している。
このほか、ユダヤ系アメリカ人のほうがイスラエル本国のユダヤ人よりも、無批判に対パレスチナ強硬派を支持する傾向があることもその一例といわれる。
また中東のアル・ジャジーラ局による放送も反米勢力や、遠方に住むイスラム教徒に対する強い影響力を持っている。これらは、広い意味での「遠隔地ナショナリズム」の実例だ。
ただし、日本移民の場合、本国に対して強い影響力を持たないので「遠隔地ナショナリズム」には相応しくないとの議論もある。純粋な「愛国補償心理」としての側面が強いとの意見だ。
しかし、百周年を機会に日本移民に関する日本国内での報道が増えてきたことや、在日ブラジル人コミュニティとブラジルとの関係性も考え、国境を越えてナショナリズム傾向が影響を与えあう関係性に着目し、広い意味での「遠隔地ナショナリズム」という言葉を使って括り続けたい。
◎ ◎
アンダーソンによれば、封建時代には地域ごとにバラバラだった口語としての言語が、近代国家によって共通語としての「国語」が制定され、印刷技術の発展によって新聞や書籍という形で書き言葉が普及し、ラジオやテレビなどが広まったことで、徐々に「国民」という意識が共有されるようになったという。
このように、メディアの発展と資本主義、国民意識形成は不可分の関係にあることを「出版資本主義」という言い方で表現した。
アンダーソンは「国民とはイメージとして心に描かれた想像の政治共同体である」と考え、約二百年前に誕生したとする。そこへの帰属意識を支える「ナショナリズム」の発生により、それ以前の素朴なパトリオティズム(郷土愛)と区別する。
さらに交通機関の進歩により、それまでは地域社会内に限られていた労働力需給関係が、移民という「国民」の形で世界に広がった。移民たち帰属していると考える「想像の政治共同体」も、世界中に飛躍的に拡大した。
この時、「郷土愛」から出発した素朴なナショナリズムも、移住先から出身国の民族運動や政治運動に共鳴したり支援したりする「遠隔地ナショナリズム」に変質した。
ブラジルに住む日本移民にとっては日本や日本民族という存在が、「想像の政治共同体」として脳裏に刻み込まれ、実体としてはブラジルの領土に住みながらも、精神的には日本の飛び地ともいえる状況を作っていた。
特に、戦前においては総領事館の指導と、邦字紙や短波ラジオという素朴な日本語メディアによって、同胞社会に強烈なナショナリズムの集団心理が喚起され、勝ち負け紛争に発展したのは周知の事実だ。
ブラジル移民のナショナリズム傾向をもっとも端的に示すエピソードは、終戦直後に起きた「勝ち負け事件」だろう。いったい、どのようなメカニズムでそれが起きたのか。(続く、深沢正雪記者)
百年の知恵=移民と「日本精神」=遠隔地ナショナリズム=第1回「日本人」という自覚=強かった村への帰属意識
百年の知恵=移民と「日本精神」=遠隔地ナショナリズム=第2回「ジャポネース」とは=最初から外向きに形成