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「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第2部□2世世代の特殊性(16)=解体されるコロニアの基盤=権威を失い求心力を落とす

ニッケイ新聞 2008年4月15日付け

 各家庭のバイリンガル環境を支えてきたコロニアという日本語環境の重要性は前述してきた通りだが、近年はコロニア自体が根底から変質してきている。
 九〇年代、各地の日系集団地を結ぶ大動脈のような役割を果たしていたコチア産組、南伯農協、南米銀行が相次いで姿を消した。いずれも日本語環境という特殊事情をベースに、言葉の不自由な移民の相互扶助という必要性から生まれた組織だった。
 その三大組織がなくなったことで、加速度的にコロニアの結束力、足腰は弱まってきている。おそらく、ポ語だけで充分に仕事の交渉ができる世代が増えたことも巨大組織弱体化の背景にあっただろう。
 コロニア全盛期といわれる七〇年代と現在では、日系団体と日本との精神的な距離には大きな違いがある。かつては「日本の飛び地」的雰囲気が強く、目の前のブラジル人よりも地球の反対側の親族に親密感を感じる風潮があった。
 世代が変わり、混血も増える中で、現在では日本の親族や団体よりも、地元市役所や町内のブラジル人と血縁やつながりをもっている個人、日系団体が増えてきている。
 日本との距離が一気に変わった例の一つとして、サンパウロ市の文協があげられる。〇三年に就任したエリート層が〃落下傘部隊〃のように突然、理事会の中心メンバーを占めた。
 すぐ後に、それまで地方団体や日本との連絡役を任じてきた安立仙一事務局長が退職し、急逝するという予期せぬ事態が発生し、流れが一気に断ち切られた。
 文協のなかでコツコツやってきた二世層は、エリート層の流れに飲み込まれた。長いこと地道にコロニア活動をしてきた二世であっても、その輝かしい経歴には歯が立たないと感じているようだ。
 つまり、表面的には同じ文協組織だが、内面的には伝統的なコロニアの価値観から、一般社会式に一気に入れ替わった。
 今回の百年祭に関しても、コロニアの誰もが、文協が内部に百周年実行委員会を作って旗振り役になると思っていた。たとえINSSの問題があっても、歴代の文協会長が取り仕切ってきた輝かしい歴史があり、「今回も何とかなる」と期待をしていた。
 でも、それを肌身に感じないエリート層は、実に理性的な判断を下した。
 「文協はINSS問題で追徴金を申し渡されていつ潰れるか分からないから、百周年記念協会を新たに立ち上げよう」と決断し、結果的に文協はその傘下の一日系団体に格下げされた。
 それで、コロニアの〃覇権〃が百周年協会に移ったかといえば、今年年末か来年途中には解体される百周年協会に、そのような敬意を払うのはなにか腑に落ちない、という宙ぶらりんになった。カベッサ(頭脳)のない状態といえる。
 つまり、文協が中心になって築き上げてきたコロニアの歴史は、文協自らによって否定され、どこにもコロニアの中心たる覇権がない状態になり、急速に求心力を失っている。
 従来、周年事業では文協が核になって主要五団体がスクラムを組んで、単体では不可能な組織力を発揮するのが常だった。それを後押しするコチア、南伯、南銀のネットワークは波状攻撃的に全伯に所在する日系団体に影響を及ぼした。これがコロニアのインフラ(基盤設備)だった。
 ネットワークが重要なことは現在の百周年協会も百も承知であり、形式としての同協会は実に立派な体裁を備えている。四十数団体の副理事長団体が加盟し、錚々たる連合会が名前を揃える。だが、実態としては単なる「会議の参加メンバー」にすぎない。
 つまり、「仏作って魂入れず」の状態だ。組織に魂を注入したくても、感情やメンタリティがズレてしまっているから、いつも「ボタンを掛け違える」状態になってしまっている。
 コロニア一般からすると「百周年に相応しい何か大きなことをみんなでやりたい」という不完全燃焼の思いを抱いたまま、本番を迎える状態にいる。
 援協しかり、県連しかり、日本的メンタリティを理解できる二世を組織のトップにすえ、その回りを一世が固める日系団体が増えてきているのは、その反省に立ってのことだろう。日系独自の特性を残しながら統合するという試みは、まだ始まったばかりだ。
 日本語教育への情熱、日本文化伝承への想い、これはすべて理屈抜きのメンタルな部分が強い。この強さを維持できるかどうかが、大きな分かれ目だ。
 百周年を前に、コロニアは大動脈を失い、頭脳も怪しくなり、インフラが解体されつつある。日本移民が営々と行ってきた百年越しの民族的な実験は、大きな転機を迎えている。
(つづく、深沢正雪記者)



「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(1)

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