ニッケイ新聞 2008年4月11日付け
原田清弁護士の編著『O Nikkei no Brasil』には自ら執筆した第二章に、日系人の新定義がある。
「今日の日系人は日本人とは違う。単に二重であるのではなく、日本人の魂をもってブラジル人として振る舞う。日系人はブラジルを母国とする日本人とその子孫のことで、本国ではもう見られないような(伝統的な)日本文化をわかちがたい絆として引き継いでいる」(四十七頁)。
ニッケイ新聞の取材に答え、日系人の果たしている役割として「ブラジル社会に入って日本文化を教えている」とし、「混血が進んで顔は変わるが日本文化は残る。アメリカの影響を強く受けた今の日本よりも、さらに伝統的なものを残す」と予測している。
具体的にどんな伝統的な日本文化が日系人に残るのかとの問いに、「勤勉、真面目、責任感、義理、恩、礼などが残ると思う」と胸を張って答えた。
この価値観は、彼が母語形成した家庭内の環境、父親の影響を強く感じさせるものだ。戦後移民の一世よりも、さらに戦前の価値観に近い。まさに「今の日本よりさらに伝統的なものを残す」そのものだ。
親の都合で、戦前までは「日本人子弟」として育てられ、戦後に突然、「ブラジルの最高学府へいけ」と方向転換させられ、両側を併せ持ってしまった世代ゆえの発想かもしれない。
彼らが「コロニアは存在しない」といった時、完全同化して日本文化をなくすことを目指しているのではなく、実は「古風な日本的な伝統を残す」ことを意味している。
明らかに儒教思想の影響がみられ、戦前日本の古き根っこに行き着く。つまり、「コロニア」を愛することも否定することも、行き着く先は同根のようだ。
戦中戦後に思春期を迎えた、現在六十歳後半から八十歳前後までの二世層が、十年ほど前から大挙して定年退職し、日系団体に入ってきている。
百周年というブラジル社会から注目される大きな節目を前にして、かつて文協などに見向きもしなかった二世層が、戦後一世グループと争って、盛んに選挙合戦を繰り広げたことは、ここ数年の大きな特徴だ。
この節目は、実は二世にとっても大きな転機だ。日系人ゆえに差別されてきた青年期とは逆に、一般社会から日系人としての特性を求められる時代になった。日本文化が一般社会から見直されてきたのを受け、「特性を残しながら統合」という考えかたになり、「コロニア」の価値を改めて見いだした。
その背景には、ブラジル社会の中で競ってきたストレスから解放され、コロニアに再び〃戻った〃ことで、少年期以来使っていなかった日語を使う機会が増えたこともある。日語中心の世界に接すると、かつて母語形成した精神的な痕跡が復活し、無意識のうちに「先祖返り」的現象を起こしているのかもしれない。
原田氏はフォーリャ・オンライン一月十五日付け記事中で、米国では主だった政治家が上院議員一人だけだが、「ブラジルは多数出て成功している」との考えを披露した。
「ブラジルの日系人は子孫をどう教育するか知っている。だから下院議員、法律家、芸術家、スポーツマン、ジャーナリストなどがこんなに生まれた。でなければブラジル社会になんの影響を与えることもなかった」としている。日系人の存在感が大きい方がいい、という価値観だ。
原田氏がブラジル社会への大きな貢献者として名前をあげた、斎藤準一空軍総司令官は七歳までポンペイアのコロニアで日本語だけで生活しており、日本で生まれた上原幸啓氏しかり、昨年のリオ汎米大会で最多金メダル保持者記録を作った卓球のウーゴ・オヤマも日本で練習を積んで日本語も達者だし、飯星ワルテル連邦下議も松柏学園仕込みの日本語能力を活かして政治活動をしている。
これらの人材の多くは、幼年期からバイリンガル環境で育った。日本的なメンタリティを絆として植え込まれ、ブラジル式考え方で育ったという二文化の葛藤を超え、一つの人格に融合させて活躍している。
彼らは当時のコロニア内の良質な教育インフラで育成された。日本的な道徳、勤勉さなどのメンタリティを、コロニアの一部である日本語学校、卓球クラブという社会環境から得ている。そのような施設の多くは、教育熱心で献身的な一世によって支えられていたが、一世の高齢化と共に役割を終えつつある。
今こそ、バイリンガル環境の価値を見直し、そのような人材を生み出す文化継承システムを持った日系インフラ(基盤設備)の充実が求められている。
(つづく、深沢正雪記者)
「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(1)
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