ニッケイ新聞 2008年3月28日付け
ブラジルというポルトガル語の大海のあちこちに、日本人集団地という島が浮かんでいる。パラナ州ロンドリーナ市に住む沼田信一さんの調査によれば、過去には二千カ所もあった。今も全伯にある文化協会などの団体は四百以上も存続している。
このように転々とある植民地をつなぎ、さらにサンパウロ市の情報を伝える、いわばコロニアの〃血液〃のような役割を果たしたのが、ビアジャンテ、シネマ屋、日本語ラジオ放送、邦字紙だった。
一つの生活スタイルが文化として定着し、コロニア語が集団で共有されるには、そのような媒体が不可欠だった。それらが集まった総体であるコロニアが、さらに一段広い日本語環境をつくっていた。
子孫が文化やしきたり、言葉を継承するには、より大きな規模のコミュニティの方が残りやすい。同じ生活様式を共有できる配偶者を見つける選択肢も広がる。ただし、ただ多ければ良い訳ではない。
よく日系人口百五十万人といわれるが、大半は日系団体に関係していない。
かつて「コロニア」といえば日系人としてのアイデンティティを持って団体活動に参加している者が大半を占める時代もあった。人口が増えるに従い、日系社会の周辺部が広がり、血縁ではあってもアイデンティティを持たない者が大半を占めるようになった。
日本国籍者の約六万五千人を中心に、日本語会話を日常的に使う二世層がおそらく一世の二倍、約十三万人はいると推測できそうだ。この層がコロニア活動の核になっている人材であり、合わせて約二十万人となる。
この二世層にはバイリンガルもかなりいるが、日本語は会話だけという層が大半を占める。この辺までは日常的に日本についての会話をし、比較的日本的なものに親密な感情を持ち、ひんぱんに日系イベントに顔を出し、いずれかの日系団体に出入りしている層だ。ある程度の皇室への崇敬意識を持っている。
しかし、九〇年代後半から始まったNHK国際放送は読む能力は必要がなく、新種の〃血液〃としてこの層に大きな影響をあたえている。特に朝の連ドラや健康番組などは、かなり視聴している。
親類がデカセギにいった体験談など、かつての邦字紙だよりの時代に比べ、若年層の日本に対する知識は深まっているともいえる。インターネットの発達もあり、日本の知識を得る選択肢はかなり増えた。情報のグローバル化の時代だ。
三~四世らも加わるカラオケや、若者向けのアニメ漫画関係の団体などまで範囲をひろげれば、日系団体はさらに数十団体、人員にして数万人はいるだろう。
このように、一世とバイリンガル二世を核にして、同心円状に幾重にも日本文化ファン層が広がる構造が生まれている。
合計二十数万人、百年がかりで生まれたこのようなコロニアという核は世界的にも珍しく、「日本語文化圏」ともいえる存在に他ならない。
通常、「英語圏」「スペイン語圏」などと言う時、旧植民地という歴史的な経緯から派生していることが多い。コロニアの場合は平和裡のうちに築かれたという意味でも貴重だ。
コロニア百年の営みは、今こそ新しい視点で見直されても良いのではないか。
(第一部完、深沢正雪記者)
「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(1)
「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(2)=「三つ子の魂、百までも」=幼少移住の方が訛り少ない
「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(3)=言語習得の2段階とは=「日本人らしさ」の原因
「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(4)=日系学校が果たした役割=戦前は日本人教育だった
「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(5)=移住地は最高の2言語環境=言語伝承のメカニズムとは