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「百年の知恵」=日系人とバイリンガル=多言語と人格形成の関係を探る=□第1部□日系社会の場合(4)=日系学校が果たした役割=戦前は日本人教育だった

ニッケイ新聞 2008年3月25日付け

 連載第一回でカナダ日系社会では三世で日本語がなくなるという話を紹介したが、ブラジルでは三世で読み書きするものや、四世でも日本語をしゃべるものがいる。この違いはどこから来るのか。大きく二つ理由があると考えられる。
 第一は、ブラジルへの移民が家族単位で移住地や植民地に入った点ではないか。
 チエテやアリアンサはもちろん、「アサイ移住地出身者は日本語が達者な人が多い」とか「バステンセは日本語がうまい」とか定評のある移住地がある。もちろんこれらブラジル拓殖組合の移住地以外でも、日本語教育に熱心な植民地はいくつもあるが、やはり四大移住地は特に定評がある。
 一九三一年にブラ拓最高責任者として赴任し、四大移住地の経営をになった宮坂国人ら、当時の幹部が教育を重視した結果といっても良いのではないか。
 戦前の地方の植民地においては一般に、移住者らが資金を出し合って学校の建物を造り、市役所などにお願いしてブラジル人教師を派遣してもらって午前中はブラジル学校、午後は日本語学校という具合の学校を次々にたてた。
 そこの学校に通っていた子弟は、同じような家庭に生まれ育った二世が大半であり、卒業生の多くはバイリンガルに育った。
 理由の二つ目は、戦前移民の大半はデカセギ目的で渡伯しており、帰国した時に恥ずかしくない教育を子供に与えることを前提とし、「日本人」として育てた点だろう。戦前は「二世」ではなく「在伯青年」などと呼ばれ、「帰ったら日本人になる」という含みが持たされていた。
 半田知雄著『移民の生活の歴史(ブラジル日系人の歩んだ道)』(一九七〇、サンパウロ人文研)には、こう記されている。
 「日本移民は集団地を形成すれば、まず日本人会を組織し、その第一の事業として小学校をたてた。戦前の日本移民の最大の関心事は、子弟に日本語教育をほどこすことであった。それはまだ錦衣帰国の思想が念頭からさらなかったからでもあるが、戦前の一世移民にとって、教育は日本語による教育以外に、考えられなかったからである」(七百七十頁)。
 中でも笠戸丸からわずか七年、一九一五年にサンパウロ市コンデ街に創立された大正小学校は、日本政府によっててこ入れされ、日伯両方の卒業資格取得を目指す完全なバイリンガル校といっていい教育施設だった。総領事館の領事子弟とコロニア子弟が机を並べるような環境は今もって他にない。
 日本の師範学校を出た教師をブラジルに呼んで当地の師範学校も卒業させ、教鞭を執らせた。同じ敷地には父兄会の寄宿舎もあり、日伯両語に堪能なことでしられた野村丈吾連邦下議(故人)、ジャーナリストの山城ジョゼ氏(故人)らもそこで薫陶をうけた。
 戦前には現在も続く赤間学院、キリスト教子弟を主に受け入れたサンフランシスコ学院など、サンパウロ市内だけでもたくさんの日系学校が生まれた。
 もう一つ注目すべきは寄宿舎という制度だ。戦前、地方で農業を営む家庭が、子弟に教育をつけさせるために都会の寄宿舎に送った。そのような日系子弟が働きながら寄宿舎生活して教育の機会を得る暁星学園とその勤労部、さらにサンパウロ州義塾、アルモニア学生寮などはその代表格だろう。
 これらは昼間ブラジル学校に通いながら、寄宿舎内では日本語を日常言語とし、日本語の授業もあった。一般に厳しい教育者が、学生らの日本的な生活指導やしつけを行った。
 このように周りが、普通に日本語をしゃべる言語環境は現在では難しいが、当時は当たり前に存在した。
 移住地という環境で生まれ育った子孫には、家族だけでなく、周り近所がすべて日本語だけで生活できる環境が整っていた。
 家庭内の人格形成だけでなく、青年期の恋愛や友人も日系人内で可能だった。このような条件が揃っていたから、自然に「ブラジルに生まれた日本人」というアイデンティティを持ちやすかった。
 移住地や植民地建設、そして日本語学校などの移民の取り組みは、本来はモノリンガルとしての日本人を生もうとするものだったが、結果的にバイリンガルを生む素地を提供し、より後の世代にも高い日本語能力を継承させる土台となっていたと言えそうだ。
(つづく、深沢正雪記者)



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