ニッケイ新聞 2008年1月1日付け
今年の干支は〃子〃(ね)で、ねずみ。ブラジルでねずみといえば、世界最大のげっ歯類カピバラだ。和名はオニテンジクネズミ(鬼天竺鼠)で、日本でもブラジルでも「いやし系」ともいえる愛嬌のあるその顔で人気を呼んでいる。編集部では当初、サンパウロ州ピラシカーバ市でカピバラを飼育しているとか、その肉を出すシュラスカリアがあるという情報を入手し、確認に走ったが、どれも空振り…。「食べてみたい」との熱い希望に燃えた記者は、ポンペイア市の西村農工学校でカピバラを飼っているとの情報を聞きつけ、さっそく取材に駆けつけた。
サンパウロ州ポンペイア市にある西村農工学校で、現在飼育されているのは十四頭。もともとカピバラに興味を持っていた西村俊治代表が「飼うことによって農業にも役に立つのではないか、また学校の宣伝になるのではないか」と考えたことから、一九九六年に飼い始めたという。
カピバラの他にも牛や豚、鶏、ウサギ、アヒル、鳥類、亀など様々な動物が飼育されており、生徒たちの実習のために役立っている。
百平米ぐらいの広さの飼育場に一歩足を踏み入れると、ポカポカした小春日和の日差しの中、愛くるしいともいえる表情をしたカピバラが待ち構えていた。
すぐさま近寄ろうとすると、飼育員のヴォルクレイ・ロッペ・ダ・シルヴァさん(49)が「噛まれると手がちぎれるほど強靭な歯をしているから」と注意をした。
どうやら、みかけによらず危険な動物のようだ。カピバラに手を噛みちぎられたという話を聞いたことがなかったので、いきなり面食らった。日本では、動物園で直に触れるところがある。それほど大人しい動物だと思っていた。この機会に、触って感触を確かめて抱きつく計画までしていた記者の甘い目算に、早くも暗雲が立ち込めた。
「何故そこまで強靭なの」とシルヴァさんに問いかけると、「カピバラの歯は上下三本ずつあり、前歯は常に伸び続けている。金網も問題なく噛み切ってしまう」と教えた。
長く伸びすぎる歯を調整するために、毎日固いものをかじって自ら歯を削っているという。獣医が検査や診察、予防注射を行うためには、カピバラを籠に押し込めて行わないと危ないという。
「近くで写真を撮ってみたいが」と尋ねてみると、「体を小さくして近づくと問題なく近づけるし、写真も簡単に撮れる」とヒントをくれた。
物は試しということで、できるだけ体を縮めてアヒルの如く足を引き摺りながらゆっくり近づいて行く。一頭が少し離れた所で、顔は向こうの方を向きながらも、目はこちらの動きを追っている。全身を研ぎ澄まして、こちらの動きに注意を払っているのが分かる。
襲ってこないかと、緊張しながら足を一歩一歩進める。他のカピバラもこちらの動きを気にしながら、萱に似た牧草コロニオン、地面にまかれているトウモロコシを「バリバリ」音をたてながら貪っている。
ある一定の距離(約四メートル)以内に侵入した瞬間、そっぽを向いていた一頭が「ゴッゴッ」と威嚇するかのような声を発した瞬間、集団は一番遠い端まで逃げた。
同じように二、三度繰り返してみたものの結果は同じ。「これでもまだ慣れたほうなんだ」とシルヴァさんはぼやくように言った。いままでの飼育の苦労がしのばれる。
「食べてみたい」と強く希望したのだが、IBAMA(環境保護院)の定めるところにより、農場で飼っているカピバラは四十頭以上増えないと殺すことはできないとのことで、残念ながら、今回はしぶしぶ食べることを諦めた。
ただし、売買することはIBAMAの規定で難しいが、どこからか手に入れたカピバラ肉を、自宅でシュラスコにして食べた事があるとのことで、「豚肉に似ていて、あっさりしていて美味しい」と教えてくれた。
ねずみだけにかなり頑強=足は短いが走ると速い
カピバラ(英名Capybara、学名ydrochoerus)は現在世界最大のげっ歯類。カピバラ科唯一の種で鼠類。名前の由来はグアラニー語の「Kapiyva」(草原の主)に因み、それがスペイン語に転化し「Capibara」と呼ばれるようになった。
生息地は南アメリカ東部アマゾン川流域を中心とした、温暖な水辺二十メートル近くで生活している。体長は百五から百三十五センチで、体重は三十五から六十五キロにもなる(ウィキペディア参照)。
歯は上下三本ずつあり、ウサギのように前歯は常に伸び続ける。歯の長さを調整するために、固いものを食べて削っている。
カピバラは、萱に似た牧草コロニオンを好み、その他にトウモロコシや芝生、人参なども食べる。一日の食事量はきっちりと計られてはいないが、七キロほどではないかという。
カピバラの毛はタワシのように頑丈で、毛の長さは五センチほど。年に一度生え変わるといわれている。
仲間を呼ぶときは「ピューピュー」と口笛に似た音を発する。また、好意的な時は「クィークィー」と愛くるしい、甘えたような鳴き声を出す。その他に「ゴッゴッ」という威嚇の声、「ピャッピャッ」という警戒音など色々な泣き声を発する。
陸上での走る平均速度は分らないが、野生のカピバラは、危険が近づいたり人が近づいたりすると一瞬にして消えてしまう敏捷さだ。生命の危険を感じた時に走る速度は、五〇キロにも達するとの説もある。
カピバラの足は短く、前足に四本、後ろ足に三本の指がある。小さな水かきがあり、ひづめのような堅い爪を持っている。
繁殖期になると雄は鼻の上の分泌腺(モリージョ)を周囲の木の葉にこすりつけ、雌の気を引き付ける。 カピバラはだいたい六カ月に一回の周期で繁殖が行われる。一度に生まれるのは四頭から五頭ほど。妊娠期間は約五カ月。生殖行為や排泄などは水の中で行う。
飼育員のシルヴァさん
同校で動物の飼育員を務めるカウボーイハットが似合うヴォルクレイ・ロッペ・ダ・シルヴァさん。同校で飼育員を十九年間、カピバラの飼育は十一年間行っている。ヴォルクレイさんは「動物を飼うことが一番好き」だという。その理由は「エサをあげたり、子どもができたりして増えていくことが嬉しい」とカウボーイハットの鍔に手を当てながら笑顔で語った。「これからも飼育を続けていく」と力強く話した。