いま全ブラジルの注目を集めている大統領選挙は、投票日まで2週間足らずとなり、各陣営とも必死の運動をしております。新聞、TVなどでは毎日候補者の主張や映像が見られ、それぞれの候補者達も広い国土を東奔西走して有権者との接触を深めております。最近のいくつかの支持率調査を見ますと、10月5日の投票では現職大統領のジウマが若干支持率を上げて37%、これを追う新星マリナは30%程度です。男性のホープだったアエシオは15%から17%に支持率を上げてきておりますが、残念3位のままです。このままの人気が推移すればジウマは有効票の過半数は取れず、10月27日の決戦投票にもつれ込むことは間違いないと見られています。
ところで、その決戦投票の人気調査がもう出ていて、マリナ46%、ジウマ44%と全く伯仲しております。外野で見ている観客にはデッドヒートの戦いの方が面白いのですが、本人や、それを囲む陣営にとっては生きるか死ぬか、天下分け目の闘いです。追い込みに賭ける選挙戦の様子を「民野さん」「岩本さん」という二人のコメンタリストと、鼎談の形で一緒に覗いてみましょう。
争われているのはどんな事?
蒲原=一国の方向を決めるという大統領の選挙なのだから、その争点は大きな話―パッとしない経済の活性化の話、各方面から批判を浴びている古い税制を改革する話などが議論されるのかと思ったら、どうもそうではありません。
一般選挙民の関心の高い「家族扶助」(BOLSA FAMILIA)、「低所得者向け住宅供給プログラム」(MINHA CASA MINHA VIDA)、バスや電車の料金問題などが声高に議論されています。
外野を巻き込んだ論争は更にエスカレートして、急速に支持率を伸ばした相手マリナ候補を、ジウマが攻撃する方向が出てきております。事実、この競争相手攻撃が上記のジウマの上昇、マリナの支持率低下に現れてきている訳で、今後もこの種の攻撃が続くと思われます。
敵対勢力のプロパガンダ
民野=「マリナが当選したらPT(労働者党)が始めた生活扶助や低所得者向け住宅はなくなる」というヤミ情報が流されています。マリナは『そんな話はためにするデマだ。私は恵まれない人を助ける制度は続ける』と自身がTVに出て涙を浮かべて次のように反論しています。
「私の家は収入が全くない日もあり、そんな時は食べるものもなかった。子供が多くて、いつもの食事といえばマンジョカ藷の粉などでした。ある日子供たちが争って食べているのにお母さんは何も食べない。子供の私は聞きました。
『母ちゃんはどうして食べないの?』
母は応えたのです。
「ウン、別に欲しくないんだよ」。幼い私はその時はそうか、と思いましたが、後で大きくなってから分かりました。母は食べる分が無かったのです」『私はブラジルからこんな悲しい貧困を無くしようと誓ったのです』
民野=政府は金利を高い水準に置いて投資金の流通を鈍くしている。ドルのレートを人工的に低い水準に抑え、輸出を不利にしています。本来中央銀行はもっと独自性をもって金融政策を決めるべきところを政府の干渉を受けて、独自の迅速な措置を取れないでいる。マリナは「私の政権になったら中央銀行にもっと自立性を与えて、市場に直結した銀行にしたい』と述べました。これに対して政権側は直ちに反応し、「中央銀行は政権と一体となり、政府と共に為替や金利を管理し、決定する。当然のことだ」とし、更に『マリナは民間の銀行から支援を受けている。だから中央銀行も民間に都合の良い様に変えようとしているのだ』などと裏情報を流していますね。
岩本=マリナは「私は貧乏人の娘で、色も黒味がかっている。宗教もカトリックではない。(上流階級らしくない)それで人の上に立つ柄じゃない、と誹謗されている」と人の感情に訴えるようなコメントをしました。ジウマ側は早速これを捉え、「大統領にもなれば、多方面から良いことも悪いことも一杯言われる.そんな位のことでメソメソするようでは大統領の職は務まらないよ。かわいそうな娘(COITAZINHA)」と反応しています。
蒲原=それとは別に『マリナは行政府のトップになった経験がないから、海千山千の政治家を動かしての議会運営が出来ない。マリナが選ばれたら、(過去にあった)ジャニオやコーロルのように途中で政権を投げ出し、国を混乱に導くぞ』と言う情報も流しています。いやはや、政治家というのも並みの神経では務まらないですね。
支持しているのはどんな人?
蒲原=ジウマは体格も立派、言うこともハッキリしていて男勝りの印象を与えます。一方のマリナは細身の体で声も太くはないが、本当に自分が信じているところを言葉に出して言っている感じです。この様に対象的な二人を一体どのような階層の人が応援、支持しているのでしょうか? 一寸調べてみましょう。
ジウマは北東地方(PTの地盤)、南部地方(ジウマの前の活動地)での支持率は全候補中の1位です。全国の票の半分近く(44%)がある南西地方(サンパウロ、ミナス、リオなど)ではジウマとマリナ支持はほぼ同じ位、伯仲です。意外なことにマリナは大都市での支持率が高く、且つ収入が多い人の支持が多い。
他方、ジウマは地方の小都市、低収入層の支持が多くあります。これは多分、家族扶助などの補助金を出してくれた人、との印象のせいかと思われます。
次に大事な『お金』の話です。ブラジルでは企業による献金が認められており、この献金は選挙管理委員会に報告され、公表されます。
9月6日までの大統領の他、知事、議員を含む、各政党あて献金の中間集計は10億レアル(約762億円)となっており、その約半分の5億2千万レアルは大手の19社からの寄付です。選挙戦はこのあとまだ2カ月はある訳で当然『献金』も増えます。随分大きなお金が動くものですね。(なお、日本では選挙直前にお金を『借り入れた』ことで「みんなの党」の党首が辞任させられましたが、この金額は8億円でした)
献金した業種は御想像の通り、大手土建会社(全体の30%)、食品会社、銀行などです。最高額を寄付したのは世界級の大手食品会社―JBS社で金額、1億レアル強です。
さて、献金を受け取る側ですが、これも御想像の通り、①PT=R$264(単位ー百万レアル)、②PMDB=R$211(百万、以下同)、③=PSDB R$169(M)、以下④PSDと⑤ PPが各R$70(M)、⑥DEMと⑦PSBが各R$60(M)程度です(金額は概数です)。
議員数が多く政権側にある党、連邦ではPT、PMDB(連邦では野党だがサンパウロ州では与党の)PSDBへの献金が飛び抜けて多いのがわかります。
岩本=マリナの党(PSB)は7位と寄付額が少ないですね。当選可能性が出てくると寄付金も増えるのじゃないかな。それにしても大統領は出さないが、常に政権に密着しているPMDBは強いですね。同党幹部は「ジウマがなろうとマリナが大統領になろうと、PMDBなしでは政権運営は出来ないよ」と宣言しています。恐るべしこの豪腕です。
それでどうなるの?
蒲原=「状況は大体分かった。それでどうなるんだ、誰が決勝戦に残るのか。決勝で勝つのは誰だ」。気の短い方、忙しくて時間の無い方にそう聞かれそうです。まず、決戦に残るのはマリナとジウマの二人でしょう。アエシオは容姿、資格とも申し分ないのですが支持率が伸びず、今回決戦に残るのは難しそうです。67歳と56歳、熟女二人の闘いになるでしょう。
岩本=「ジウマは押し出しも良いし、ブラジル代表として国際舞台に出しても恥ずかしくないね。既に4年間の経験もあるし、もう一期続けて、今度はルーラのコピーではなく、ジウマ自身の実績を残さしてやりたいね。資金はあるし、党の地盤はあるし、再選有望だね」
民野=「マリナはその真摯な姿勢が受けている。正しいと信じた道に全身全霊を打ち込んで進む姿が、多くの人々の共感を呼んでいるんだ。それに他の党のように利権の手垢で汚れていない。ブラジルの旧い利益誘導政治、裏金やワイロ横行の世界から抜け出して貰いたいね。今問題になっているペトロブラスの裏金操作などのウミが公表されれば、これに関わった政権などは吹っ飛ぶ話だ。ブラジルの政治をもう少しきれいな、真面目な政治に切り替えだよ」
蒲原=そうです。こういう汚職のウミが出て、民衆がデモで抗議している今がブラジルCAMBIOー切り替えの好機かも知れませんね。ブラジルの大衆は実は「ジウマがダメ」とか『マリナがヨイ」とか言うのでなく、本当は誰でも良い、今までのブラジルのやり方、旧いやり方を「CAMBIOー変えて欲しい」と望んでいるのでしょう。
ブラジルという大きな身体にこびりついている旧い垢、汚い泥を削り落とす、そしてブラジルを新しい希望の道に導いてくれる人、そんな人を望んでいるのです。