ニッケイ新聞 2007年9月12日付け
◇蛇の話(2)
一九五四年、着伯した翌年、長男が生まれるとき、入植地では何かと不便なので、佐脇氏方でお産することになって、しばらく逗留することになった。
ある朝、トマカフェーをしていると、突然家の裏のほうで放し飼いにしている鶏が悲鳴をあげた。すわッと台所に置いてあるテルサード(農刀、刃渡り四十五センチ、幅六センチ、厚さ三ミリ、青龍刀に似ている)をつかんで駆けつける。
とたんに丈高い草を押し倒して、三メートルくらいのジャカレーが、バサバサザブーンと逃げ出した。「しまった。逃げられたか」と、あきらめて帰ろうとすると、左手の叢の中がなんとなくザワついている。よく見ると、黄色い鶏の脚が二本突き出していて、下の方になにやら黒いものが固まって蠢(うごめ)いている。
蛇だ。それもかなり大きい。もっと細ければクルクル、ギュッと簡単に締められたろうに、太過ぎるので締めるのに手間取って、モタモタしているところだった。
「こやつめ」と草を踏み分けて近づくと、グイと鎌首を持ちあげてこっちを睨んだ。睨んだのか、ただ見ただけか、そこのところはよく判らないが、お得意の舌をチョロつかせて、スッと首を延ばしてきた。
これも威嚇するつもりか、獲物を巻いているので、そんなに首を伸ばせない。たぶん、「邪魔をするな」と追っ払うつもりだったと思う。こちらは始めから喧嘩腰だったので、つかんでいた農刀を力いっぱい、斬るというより殴りつけるような調子で一撃。少しひるんだようだが、あまり応えたようでもない。「これでもか、これでもか」とメッタヤタラにぶん殴っていると、静かになってきた。
「やっとくたばったか」と、巻いている鶏を離そうとしたが、まだ締めていて離さない。仕方ないので、尻尾をつかんで「よいしょ」と肩にかつぎ、後の長いところは、ズルッズルッと引きずって家へ引き返した。
弟と二人で皮を剥ぎにかかったが、次々にインジオたちが来て、店のほうが忙しくなったので、あとはピラニアに任せるとして、川のなかに放り込んだ。鶏のほうは、取り返したものの骨がメチャメチャに折れていて、肉に刺さり込んで、肉もグシャグシャでとても食物にならない。これもピラニアに進呈、と川のなかに放り込む。
翌日、同じところで同じ時刻に、また鶏が騒ぎ立てた。また出たか、と例の農刀をつかんで駆けつけると、昨日と同じところで同じようにして、鶏を巻いている。
昨日、上から斬ってあまり効き目がなかったのは、堅い鱗が重なり合っているためで、これは下から斬り上げるべきではないか、とヒントを得ていたので、今日は農刀を下段に構えて、ジリジリ進む。昨日はスーッと首を伸ばしてきたが、今日はパッと伸ばしてきた。スッと身を沈めざま、掬い斬りに力いっぱい斬り上げる。手ごたえ十分、ザックリ切れ込んで、頭は反対側の方へぶら下がる。頭のない頭がゆらゆら揺れている。
血しぶきを浴びるかと思ったが、案に相違して余り出ない。少しばかり噴出したが、勢いはよくない。後はチビった小便よろしくチョロッ、チョロッと出てお終い。例のように、尻尾をつかんで担ぎ、引きずって帰る。大きさは昨日のと大体同じくらい。五メートル足らず、多分夫婦だったのだろうと思う。つづく (坂口成夫、アレンケール在住)
アマゾンの動物――在住半世紀余の見聞から=連載(1)=獰猛なジャカレー・アッスー=抱いている卵を騙し取る猿
アマゾンの動物――在住半世紀余の見聞から=連載(2)=示現流の右上段の構えから=ジャカレーの首の付け根へ…
アマゾンの動物――在住半世紀余の見聞から=連載(3)=ジャカレーに舌はあるか?=火事のとき見せる〃母性愛〃
アマゾンの動物――在住半世紀余の見聞から=連載(4)=スルククー(蛇)は〃強壮剤〃=あっさり捕らえ窯で焼き保存