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4日間10万人=養鶏18カ月の〃赤字〃脱して=バストス、いいムードで祭り=「卵の町」の面目躍如=演芸、近隣から手伝いに

2007年7月24日付け

 生産者らの協力で不況を乗り越え――。バストス日系文化体育協会(大野悟朗会長)は十九、二十、二十一、二十二日の四日間、入植七十九周年記念第四十八回卵祭りを開催した。広い会場に、ところ狭しと飲食の屋台や遊戯施設が並び、夕方からは多くの人が詰め掛けて、四日間での入場者数は約十万人(主催者発表)。〃卵の町〃バストスは市をあげての盛り上がりを見せた。養鶏業界は昨年末、十八カ月間続いていた赤字経営からようやく黒字に立ち直ったところで、卵祭りと同時に開催された第三十三回サンパウロ州養鶏家の集い、第三十回技術講習会にパラグアイからの参加者も迎え、「生産管理に力を入れ、質のいいものを作っていく」との相互の認識が確認されていた。
 バストスは、サンパウロ州内の四八%、ブラジル全体の一七%強の卵を生産する、ブラジル一の〃卵の町〃。同地の地域組合には、組合員百二十五人が属し、千五百万羽の鶏を飼育して、一日に八百六十二万五千個の卵を採っている。
 山中安彦同組合会長(68)は「今年の見通しはいいでしょう」。生産過剰の状況から、雛をコントロールして、鶏の数を全体の五%削減。「今年中に借金を返済できるでしょう。おかげ様で、生産者が品質に気をつけながらやってますよ」と笑顔を見せた。
 二十日午後から行われた開会式には、大野会長、ナタリーノ・シャーガス・バストス市長、サンパウロ州農務長官代理らが出席し、あいさつ。テープカットの後に、文協婦人部ら約五十人が、常設会場内を「ブラジル日本移民百周年音頭」を踊って練り歩き、拍手をあびた。
 屋内の展示場には、白と赤の卵で恒例の「卵富士」が作られ、屋外には昨年高知県から寄せられた鯉のぼりが、ずらりと風を仰ぐ。夕方になると、文協の舞台や日本語学校のバラッカに下げられた雪洞に灯りがともり、それぞれの遊具の照明も手伝って、一層祭りの雰囲気をかもし出した。
 「今年で七年目。オムレツが定着してきて、ここは人でいっぱいになるんだから」と、教師の相原貴余志さん(72)は忙しそうに手を動かす。卵祭りならではのオムレツを販売して、学校の年間経費の多くをその利益から賄っているという。あまりの大繁盛ぶりに、急遽助っ人のブラジル人を雇って対応していた。
 また、入植七十九周年祭のための舞台では、カラオケや太鼓、踊りのショー。ドラセーナ、マリリア、ロンドリーナなど近隣都市からも、バスを貸しきって出場者が訪れ、立ち見の観客も出るほどに人をひきつけていた。二十一日夜に盆踊りとマツリダンスが行われると、来場者も飛び入り参加し、何重にもなる踊りの輪ができた。
 実行委員長の大浦フランシスコさんは「六年前から、日本に関するショーを一緒に会場でするようになって、日系人のお客さんが増えてます」とうれしそうに盛況を喜ぶ。今年は、バイレを再開し、祭りの行事を一般の客向けと、企業家、生産者向けに分けて行う工夫をした。
 「二十五年間祭りの開催に関わってきましたけど、飲食店も大きくなり、人も増えた。卵の質も良くて、審査も難しかったですよ」と、満面の笑みで話した。