2007年7月6日付け
英語、仏語に加え、日本語の公証人翻訳資格も持つ語学の才能あふれた非日系のカリオカ、ジェフェルソン・ジョゼ・テイシェイラさん(49、リオ州リオ市)は、ここ八年で谷崎潤一郎の『痴人の愛』、三島由紀夫の『禁色』、現在手がけている夏目漱石の『我が輩は猫である』から村上春樹の『ノルウエイの森』、金原ひとみの『蛇とピアス』などの古典から最新話題作まで多彩な文学をポ語訳してブラジルに紹介する、日本文化の伝道師のような働きをしている。日本では東大の博士課程で学び、東京銀行にも勤務したが、日本文学への興味は絶ちがたく、〇五年から一念発起して翻訳専業になった。日系子弟の日本語ばなれが叫ばれるなか、日本語にかける情熱の一端をきいてみた。
「生年月日は」との質問に、よどみなく「昭和三十三年」と答える非日系は、ブラジル中探しても少ない。
リオ市内に生まれ、ニテロイで育ったテイシェイラさんは、十四歳で英語、仏語、ロシア語の勉強を始めたという。「みんなが勉強しない言葉をやりたかった」。
フルミネンセ連邦大学で経済学を修めるかたわら、十八歳からリオ日伯文化協会で日本語を始め、四年間勉強した。「たまたまその協会があると知った。もし中国協会があれば、入っていたかも」と笑う。
独語、伊語、ヘブライ語、アラビア語まで学習書をひもといたが、日本語の「西洋の言語とは全然違うところに惹かれた」と分析する。
結局、リオ連邦大学の文学部日本語学科に入学し直して、本格的に取り組む。三年の時、日本政府の文部省国費留学として千葉大で修士課程を一年、東大で博士課程に三年間在籍した。「ブラジルの農業経済」が専攻だった。国費留学生は通常一~二年だが、「それでは日本語の勉強が足りない」と感じたという。
八九年、そのまま東京銀行に就職した。本店に勤務したあと、九一年から四年間はサンパウロ市支店、その後三年間再び日本へ。9・11テロの直後にニューヨークへ転勤し、〇四年にサンパウロ市へ戻った。その間、〇一年から友人と翻訳会社アクロスを立ち上げていた。
〇〇年には谷崎の『鍵』、〇一年に『パラレル・ワールド』(深沢正雪著)、〇二年に三島由紀夫の『禁色(きんじき)』、〇三年は谷崎の『痴人の愛』(初めての日本語からの直接訳)、〇四年に村上春樹のベストセラー『ノルウエイの森』を翻訳出版した。大半がカンパニア・ダス・レトラスなど最大手出版社から刊行されている。
翻訳専業になってからは、〇五年に村上龍の『インザ・ミソスープ』(読売文学賞)、〇六年は村上源一郎『さよならギャングたち』、〇七年は金原ひとみの『蛇にピアス』(〇四年、第百三十回芥川賞受賞作)を出したばかり。
来年〇八年に向けて、現在取り組んでいるのは一九〇五年に発表された夏目漱石の処女作『吾輩は猫である』だという。出てくる言葉が古くて難しいため、「一行一行調べないと分からないが、内容はとても面白い」という。
勉強熱心なテイシェイラさんを支えるのが、リオ時代に駐在員子弟として出会った、妻の和江さんだ。二十四歳、一粒種の娘の純さんは日本で生まれてサンパウロ市で育ち、NYで大学を卒業したという国際的な生い立ち。
日本語を勉強する後輩たちに対し、「漢字は三つおぼえると一つ忘れる。とにかく諦めないで」とアドバイスをする。「毎日、少しずつやらないと忘れる」。
背が高く、普段は物静かにしゃべるテイシェイラさんだが、「もっと文学をやりたい」と意気込んだ声には、熱い情熱が込められているように聞こえた。