2007年7月4日付け
【ヴェージャ誌二〇一〇号】現代ではテレビとメディアが児童を教育する潜在教師になっていると「ヴィラ・セザモ」の制作者ガリー・クネル氏がいう。世界の珍しくて面白い児童向けTVプログラムの数々の制作技術は、児童教育の強力な協力者でもある。テレビの児童向け番組は、小学校へ入学するまでの幼児教育でもある。ブラジルでポ語に吹き替えた「ヴィラ・セザモ」が放映されたのは、三十八年前の一九七二年であった。数々のキャラクターを生み出し、現在は社会の第一線にある人々に創造性を育てた。同氏は常に幼児教育の現場を訪ね、世界を歩いている。
次は児童教育に関する同氏の信念と抱負である。
【ブラジル人とヴィラ・セザモ】キャラクターで出演したガリバウドの名前を、生まれてきた乳児に命名した親が多い。それは聴取者に新鮮なインパクトを与える指針となった。新たに十月から再開する番組「セザモ・ストリート」は、貧困への宣戦布告がテーマである。
テレビの役目は、営利目的ばかりでなく教育の一助もある。児童はテレビの画面から文字や数字、造形、健康などを無意識に学ぶ。こうして貧しい家庭の子供にも情操教育を施すことができる便利なもの。
【テレビと児童教育】児童が学ぶ場所は、学校だけではない。児童は朝目が覚めて、夜床に着くまで学んでいる。そこでテレビは、児童を暗に導く教師という重要な役がある。ここで何を教えるか、大人に責任がある。テレビの影響は子供にとって学業の手伝いだけでなく、子供の将来を左右する力さえある。
【ブラジルの児童が遭遇する現実と番組】ブラジルでの役目は、キッチンをセットすること。そのキッチンで何を料理するかは、ブラジルのスタッフが決めること。ブラジルでは人種や環境問題を表に出さないで、文字や数字のゲームに力を置くのがよい。これは、現地で採用したスタッフの意見である。
【ブラジルの児童番組】ブラジルはドラマ番組の大輸出国だが、作品の中にブラジル文化がない。児童番組には是非欲しい。今回はブラジルから世界向け動画や教育番組を発信する。
番組の制作者は、テレビの前にリモコンを持って座っている四歳の児童である。この児童を満足させられない番組なら、テレビを漠然と見るだけで児童の感受性を低下させる。
【今の児童と昔の児童】カナダ人経済学者のタップスコット氏は、現代の児童がインターネットや携帯電話を通じて世界を即時把握するのは、長短二面があるといった。これは、技術革新の落とし子だ。全てのことを瞬時バーチャル的に捉え、永遠不変という観念が消滅しつつある。しかし、真理というものがあることも知る必要がある。
不滅の名作が、音楽や文学、歴史、文化にある。コンピューターやビデオゲームにのめり込んだ児童は、真理を学ばないから名作が分からない。二十一世紀の市民育成は、二十一世紀のテクノロジーと概念から生み出すべきだ。
【ビデオゲームと暴力】これは自動車や原子力のように、使い方の問題であって、ビデオゲームの問題ではない。ビデオゲームは創造性を育てる理想的な教材で、楽しみながら同時に対応性を養う目的も達する。この教材を使って児童にふさわしいソフトを考案し、商業目的のソフトから児童を守ることが肝要。
【デジタル時代の児童教育】有益なソフトと有害なソフトが現代社会に満ちあふれているので、免疫のない児童には規律が必要である。デジタル時代は、児童に夢の窓を広く開くことが必要だ。夢が児童にもたらすインパクトを考えるのが、デジタル時代の児童教育といえる。
無分別に子供が求めるソフトを与えないで、読書や演奏、演劇、スポーツに親しむ機会をつくる。忙しい人は短時間に物事を上手にこなす。児童にも同じことがいえる。
ビデオゲームの偏見を持つことなく、教材の使い方の研究が大切なのだ。二十一世紀の課題は、これらの技術を児童教育のため、有効に利用することではないか。