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コラム 樹海

2007年6月22日付け

 同僚の若い記者が奥地ツアーに同行して帰社すると、面白い視点から報告することがある。「三世といえば、私(記者自身)くらいの年代だという思い込みがある。それが、地方にいくと、三世はかなり年配の人たちなので驚く」▼三世といっても年齢はさまざまなので、おしなべて言えないにもかかわらずである。サンパウロ市で取材の対象になる三世たちが自身とほぼ同年代の場合が多いので、そう思うのだ▼ほかにも感想がある。「地方の年配の三世たちは、おおむね日本語が上手い」。しかもその三世たちは、巧まず力まず、肩の力を抜いて、自分たちの親睦行事をとおして、「日本文化」に親しんでいる、とみる。非日系人をごく自然に巻き込んで、日本の旧き良き風習を一般に行き渡らせている、と▼比較すれば、サンパウロでは、日本文化の普及だ、活動だ、と作為的に力みが見えるというのだ。そうでなくては、達成がないのだとは理解できる▼筆者が、来伯まもない六〇年代初め北パラナを取材したときの印象も「二世たちは日本語をよく話す」だった。そのわけを考えてみた。出てくる答えは簡単。当を得ているかどうか分らないが、周りがみんな使っているからだ。今は、世代が下がっているから、以前のようではないだろう、と察しはつく▼サンパウロ州奥地でも、いつまでも若い記者が感じたようにはいかないだろう。日本語を話す層はだんだんに老いてしまう。特別に学ばない限り、要は周囲の環境次第なのだ。(神)